覚え書:「書評:素手のふるまい アートがさぐる<未知の社会性> 鷲田清一 著」、『東京新聞』2016年09月11日(日)付。

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素手のふるまい アートがさぐる<未知の社会性> 鷲田清一 著

2016年9月11日
 
◆他者との出会い繰り込む
[評者]倉石信乃=明治大教授
 今世紀に入って間もない頃から、アートを取り巻く環境の変化が顕在化した。鷲田が、大阪で二○○三年に行われた「湊町アンダーグラウンドプロジェクト」を例示して述べるように、「だれが創る人でだれが支える人、だれが鑑賞する人なのかさだかではないような協同作業、ホワイトキューブの壁や床に展示された『作品』を遠慮ぎみに『鑑賞』するだけのアートの現場にあきたらなくなったアーティストとヴォランティアの協同作業」が、全国で広がりを見せていく。
 こうした新局面は、現実の都市空間への脱構築的な介入を、多くの協力者を巻き込んで展開してきた川俣正の活動を先駆の一つと見なすことができる。さらに東日本大震災は、地域の人々との協同をより持続的なものと考える実践者を生んだ。震災の前後に東北へ移住した志賀理江子、小森はるかと瀬尾夏美のユニットにおける地域の「記録」を基軸に据えた制作は、自己表現という閉域を超えた他者との出会いを繰り込む点で、本書では高く評価されている。
 他方、川俣や志賀の具体的な「作品」はアートの通念を超えようとする「荒々しい力」を備える。当の作品が強度を持つほどに、美術館や市場という鑑定眼の制度はそれを欲する。鷲田は、川俣や志賀が「普通」の人々を巻き込みつつ「普通」ならざる「荒々しい力」を引き出す思考を活写するだけでなく、彼らの仕事とは異なる「ゆるい途」の可能性にも着目する。蛸壺(たこつぼ)作りに学生たちと勤(いそ)しむ松井利夫の活動の「ゆるさ」に、アートにだけ許されている無為な自由を読み取る著者の姿勢は、文章の見かけよりも過激なものだ。
 鷲田は本書を通じ、現場で生起するアートの新奇なわかりにくさを、決して性急に手持ちの分類表へと整理することなく、まずは虚心に肯定していく。あくまで触覚的な経験を大切に携えて、アートの今日的な役割を解きほぐすのである。
朝日新聞出版 ・ 1728円)
<わしだ・きよかず> 1949年生まれ。哲学者。著書『「ぐずぐず」の理由』など。
◆もう1冊 
 川俣正著『アートレス』(フィルムアート社)。アートの諸概念を検証しながら、現場や地域の中で作品が成立する方途を探る。
    −−「書評:素手のふるまい アートがさぐる<未知の社会性> 鷲田清一 著」、『東京新聞』2016年09月11日(日)付。

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