覚え書:「書評:日常を探検に変える トリスタン・グーリー 著」、『東京新聞』2016年09月18日(日)付。

Resize3389

        • -

日常を探検に変える トリスタン・グーリー 著 

2016年9月18日
 
◆平凡な風景に新鮮な発見
[評者]春名徹=ノンフィクション作家
 何かを発見し、それを人に伝えることが探検家の原理であるが、一九一一年のアムンゼンの南極点到達あたりを境に、地理学上の未知の場所は存在しなくなった。それでは現代においても探検は可能なのだろうか? 何かを発見し、それを伝えるという原理に立ちかえって、日常のなかからの発見を人に伝えることだ、と著者は考える。彼のいう「ナチュラル・エクスプローラー」を行うことである。
 五感をとぎすまし、あらゆる動物や植物、土壌や岩にかんする知識を動員して平凡な風景のなかの歩みを、新鮮な発見に変えるのである。著者は自分が二〇一一年八月六日に行ったイングランドサセックス州の旅の記録を題材にこの立場を表現しようとする。
 たしかに空気の乾燥度や透明感は土地によって異なり、空の色、夜空にあおぐ星座や月の運行は土地によって異なり、同じ土地であっても日によって変化していく、主題に応じて過去の探検の記録を縦横に引用しているので、探検記録の博物誌という側面もあり、興味ぶかく読んだ。
 もっとも著者が引用している彼自身のサセックスの小旅行の記録は、観察の要素として挙げる海岸、光、空、天気、水、色、時間などについて理論づけるために構成された文章と思われ、いささか理に走りすぎて、文章としての大きな魅力に欠けているように思えるのが難点といえようか。
 むしろ、しばしば国木田独歩の『武蔵野』を思い出した。独歩にとって日常的なものだったはずの武蔵野をツルゲーネフの描写や恋人の存在に触発されて見直す新鮮な驚きに満ちている。当時、日常のものだった武蔵野の景観を、彼はまったく新しい目で読者の前に提示してみせたのだった。
 自然とはますます遠ざかりつつあるように思える現在、わたしたちに必要なのは、ほんの少し、想像力を働かせることなのだろうか?
屋代通子訳、紀伊國屋書店・2160円)
 <Tristan Gooley> 英国の作家・探検家。著書『ナチュラル・ナビゲーション』など。
◆もう1冊 
 リチャード・コニフ著『新種発見に挑んだ冒険者たち』(長野敬ほか訳・青土社)。未知の生物を追い求めた冒険者たちの姿を描く。
    −−「書評:日常を探検に変える トリスタン・グーリー 著」、『東京新聞』2016年09月18日(日)付。

        • -





http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2016091802000178.html


Resize2850