覚え書:「憲法 現場から考える:上 家族、助け合いたいけれど」、『朝日新聞』2016年06月26日(日)付。

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憲法 現場から考える:上 家族、助け合いたいけれど
2016年6月26日

3世代で暮らす鈴木有里子さん(右)の家族。子どもたちの話で笑い声が響いた=山形県鮭川村
 
 憲法改正をめざす勢力の議席が、国会発議に必要な3分の2に達するかどうか――。参院選の大きな焦点だ。ただ、選挙戦で本格的な論争は聞こえてこない。ならば、現場に行って考えてみたい。まずは、「家族」について。

 ■3世代同居、楽しさも苦しさも一緒

 親、子、孫の3世代同居率が21・5%(2010年国勢調査)で全国トップの山形県。子育てや介護で家族が支え合えるとして、県もホームページで「メリット」として売り込む。

 県北部の山あいに広がる人口約4500人の鮭川村は3世代同居率が4割を超す。8人家族の鈴木有里子さん(38)は東京で出会った夫(42)と結婚し、15年前に夫の実家に移り住んだ。共働きで4人の子を育てる。

 村に来てしばらくたったある日、門限に遅れて帰宅すると、玄関を締められていた。ほかにも実家の習わしに戸惑うことが続き、「村を囲むきれいな山々が牢屋のように見えた」。

 それでも、我が子は思いやりのある性格に育ってくれた。気になっていた家の習慣も、いつしか家族を思えばこそと受け止められるようになった。

 今は高齢者施設に移ったが、昨年までは義父の母(95)も同居していた。寝たきりで別室にいたが、子どもたちが食事を運び、学校や部活動でのことを話して聞かせた。そんな光景を見て、「年老いていく人のそばで育ち、優しさが養われた。大家族でよかった」としみじみ思った。

 いろいろなことを乗り越えて、はじめて「家族」になれたと思う。だから、自民党憲法改正草案に書かれた「家族は助け合わなければならない」との条文には、「理想で当たり前のことだけど、実行するのは難しい」と感じる。ただ、「憲法に書くことで少しでも助け合うようになれる家族がいたら」とも思う。

 鮭川村に近い庄内町で暮らす小林準(ひとし)さん(79)も3世代5人家族。妻(77)は5年前に認知症になった。週3日のデイサービスを除き、小林さんが付きっきりで世話する。

 小林さんは毎朝4時に起きて食事やそうじ、農作業をこなす。同居する長男は体調を崩して働けず、長男の妻は家を出た。20代の孫たちに「介護を手伝って」とは言えない。

 介護施設に妻を入所させようと問い合わせたが、「180人待ち」と言われた。もっと行政に助けてほしい。そんな身に、「助け合わなければならない」の条文はさらに負担を押し付けられるように読める。

 「助け合いたくても助け合えない家族もいる。社会保障費を削減したくて、家族に任せようとしているのではないかと思える」

 ■Q.家族のあり方、憲法に書いてあるの? 自民党が「訓示規定として」新設提案

 Q 憲法と家族にはどんな関係があるの?

 A 今の憲法にはない条文を新設するとして、自民党は2012年発表の憲法改正草案24条で「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される」とした。最近、家族の絆が薄れてきたと言われることを踏まえたもの。「家族は、互いに助け合わなければならない」との規定もある。

 Q 「家族が助け合う」のは、なんだか自然なことのようにも思うけど?

 A そうかもしれない。自民党も「一般論を訓示規定として定めた」としている。でも、憲法は国の権力をしばり、個人の自由や権利を保障するもの。にもかかわらず「家族は助け合わなければ」と書いたら、逆に国が「家族」という個人の世界に介入することになる、との批判も出ている。

 中央大の植野妙実子(まみこ)教授(憲法)は「介護などの社会保障や子育てを家族に担わせる傾向が加速するのでは」と話す。例えば、ある自治体が財政難で保育園を作れなかったとする。そのとき「憲法が『家族の助け合い』をうたっているのだから祖父母らが預かるべきだ」と言われてしまうかもしれない。そんな指摘だ。

 Q 家族のことを憲法で定めようという議論は、いつごろからあるの?

 A 自民党の前身の一つである自由党は1954年の「日本国憲法改正案要綱」で、今の憲法は「極端な個人主義」だと指摘して、親子間の扶養義務を規定するように求めた。

 04年には自民党憲法改正プロジェクトチームが「論点整理」として、婚姻や家族における両性の平等を定めた今の憲法24条を「家族や共同体の価値を重視する観点から見直すべきだ」と主張した。

 安倍晋三首相も講演などで、「大家族を評価するような制度改革を議論すべきだ」と持論を語り、3世代同居などによる「家族の絆の再生」に意欲を見せている。

 Q いろいろな考えがあるんだね。

 A 多くの人は「家族」というと、夫婦や子ども、祖父母が暮らす家庭をイメージするかもしれない。ただ、家族の形はいろいろ。シングルマザーや同性カップルといった多様な家族の人たちが違和感を感じないような配慮をする必要がある、とも指摘されている。

 (佐藤恵子、岩崎生之助)
    −−「憲法 現場から考える:上 家族、助け合いたいけれど」、『朝日新聞』2016年06月26日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12428116.html




 

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