覚え書:「論壇時評:21世紀型選挙へ 人との対話が「回路」ひらく 歴史社会学者・小熊英二」、『朝日新聞』2016年06月30日(木)付。

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論壇時評:21世紀型選挙へ 人との対話が「回路」ひらく 歴史社会学者・小熊英二
2016年6月30日

 政治家と一緒に、東京の繁華街を歩いたことがある。彼は道行くお年寄りや年配の店主に、親しげに挨拶(あいさつ)していた。

 だが彼は、若い店員とは会話しなかった。その理由は、「彼らは店に通勤してきているだけだから」だった。

 確かに、選挙区に定住している年配者は票になりうるが、通勤で街に来ている若者は票にならない。いつ移住するかわからない賃貸住宅住まいの子育て世代に会うより、地元の年配者が集まる冠婚葬祭に行く方が効率的だろう。

 ある自民党元都議はこう言う〈1〉。「任期中にどういう議会活動をし、実績を残したか」は「次の選挙での当落にはまったく関係ありません」。「では、何が大事なのか。地元の行事や冠婚葬祭に出席するかどうかなのです」。

 そこでは政策の知識は関係ない。他の先進国と違い、日本では学歴の低い人の方が、学歴が高い人より投票率が高かった〈2〉。地域や組織の「縁」で投票する人は、低学歴の年配者に多いからだ。そして高学歴の若い世代は、こうした政治から疎外され、棄権が多くなる。

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 今では若年層は、年配者と政治を語る言葉さえ共有できなくなっている。遠藤晶久によると、40代以下は、旧来の「保守」「革新」の対立軸を共有していない〈3〉。遠藤の2013年の調査では、20代は当時の政党をこう位置づけた。最も「保守」が公明党で、自民党民主党共産党みんなの党が続き、最も「革新」が「日本維新の会」だった。

 これは50代以上には理解不能である。だが私が思うに、若い世代は組織票依存政党を「保守」、浮動票依存政党を「革新」とみなしているのだ。それなら、公明党が最も「保守」で、共産党が中道、維新が「革新」というのは筋が通る。

 つまり若い世代は、各党が掲げる政策よりも、「組織依存か否か」、いわば「閉鎖的か否か」を見ているのだ。「身内」にしか語りかけない政党よりは、不特定多数にむけて「改革」を呼号している政党の方が、まだしも「私達の方を向いている」と映るのは無理もない。

 これは米国も同様だ。「既成政治家」を批判する大統領候補が台頭し、「保守」「リベラル」「社会主義」の対立軸が若い世代に共有されなくなった〈4〉。

 こうした変化が、なぜおきたのか。20世紀にできた政治の枠組みが、21世紀の社会に適合していないからだ。

 20世紀型の政党や組織は、グローバル化や格差の拡大で、どこでも力を失っている。だが政治の制度は20世紀のままだ。結果として、20世紀型の政党や組織が実力以上に有利となり、疎外された人々は無力感と無関心に陥る。そうして投票率が下がると、政治は一部の層に独占され、さらなる無力感と無関心、そして疎外された不満の爆発を生む。いま世界中で、この悪循環が起きている。

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 これを根本的に解決するには、21世紀に適した制度が必要だ。岡本章がシミュレーションをもとに提案している世代別選挙区制度も一案だろう〈5〉。

 だが選挙制度を変えても、人々が投票しなければ機能しない。データや知識を提供すれば、人間は政治に関心を持ち、自分の功利のために投票するはずだという論者もいる。だが現実の社会は、ゲーム理論のようには動いていないのだ。

 そもそも人は、あらかじめ関心がなければデータも理解しない。ネットを通じて政治への関心を高める活動をしている松田馨は「政治をかじっている人間」ほど「政治に無関心な人たちの感覚」を理解できていないという〈6〉。政治の知識を「わかりやすく」解説するといったやり方は、「もともと政治に関心のある人にしか届かない」のだ。

 政治を語る者が陥りがちな誤りは、自分が政治に関心を持った最初の契機を忘れていることだ。彼らは「政治に無関心な人たちの感覚」がわからなくなっている。だから彼らの言葉は、あらかじめ政治に関心のある人にしか届かない。

 思い出してほしい。あなたが政治に関心を持った契機は何だろう。それは魅力的な先輩の姿や、友人の誘いなど、人間との対話ではなかったろうか。人間はデータよりも、人間に動かされるのだ。

 学生団体SEALDsの大澤茉実〈7〉と山本雅昭〈8〉は、彼らを政治にむかわせたものが人間との直接対話だったことを語っている。大澤はバイト先の友人の妊娠、山本は米国の党員集会との出会いから、政治に関心を持った。彼らの言葉が人々に届くのは、こうした「初心」を手放さずにいるからだと思う。

 そう考えるなら、知識やデータの提供以前に必要なものがある。それは関係の再構築だ。これまで日本では、「地縁」や「組織縁」以外で政治を語る回路が築かれてこなかった。しかしそうした関係を築いていかなければ、日本の政治の停滞と、将来の混乱は避けがたい。

 山本は米国の討論型党員集会で出た市民の声を紹介している。「何が良いかって、自分のご近所さんが今の社会について何を考えているのかわかることだよね」。そして大澤は言う。「だれかに手料理を作り喜ばれたことがうれしかったという経験をもっているならば、どうかその感覚を忘れずに投票に行ってほしい。投票という退屈な集団的儀式のなかには『分かち合い』の大きな可能性が秘められている」。こうした声が「地縁」や「組織縁」を超えて広がること。その可能性に、日本社会の未来がかかっている。

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〈1〉野田数「衝撃のデータ『あと10年で自民党員の9割が他界する』」(PRESIDENTオンライン、2014年)

〈2〉境家史郎「投票参加の社会的格差について考える」(情報誌Voters20号、同年)/蒲島郁夫『政治参加』(1988年)

〈3〉遠藤晶久「知識はなくてもいい、失敗してもいい 自分自身の関心に基づき、まず投票を」(Journalism6月号)

〈4〉特集「アメリカ大統領選挙の行方」(外交37号)

〈5〉岡本章「年金給付削減は政治的に実現できるのか」(中央公論7月号)

〈6〉松田馨「投票へつながる情報発信を目指す 『選挙ドットコム』の試行錯誤」(Journalism6月号)

〈7〉大澤茉実「『日常』と『政治』の空隙(くうげき)を埋める そこに本当の革新性がある」(同)

〈8〉山本雅昭「市民参加のカラフルな選挙で変えていこう」(世界7月号)

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 おぐま・えいじ 1962年生まれ。慶応大学教授。『単一民族神話の起源』『〈民主〉と〈愛国〉』『社会を変えるには』など著書多数。近著『私たちはどこへ行こうとしているのか』。
    −−「論壇時評:21世紀型選挙へ 人との対話が「回路」ひらく 歴史社会学者・小熊英二」、『朝日新聞』2016年06月30日(木)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12434070.html




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