覚え書:「書評:ビッグデータと人工知能 西垣通 著」、『東京新聞』2016年09月25日(日)付。

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ビッグデータ人工知能 西垣通 著

2016年9月25日
 
◆学習能力の限界と活用法
[評者]大澤真幸社会学
 技術的特異点(シンギュラリティ)が二○四五年には訪れると喧伝(けんでん)されている。技術的特異点とは人工知能(AI)が人間の能力を超え、人間と機械が融合し、後戻りできなくなる日のことである。本当にそんな日が三十年弱でやって来るのか。誰に尋ねたら真実がわかるだろうか。AIの専門家か。必ずしもそうではない。
 この疑問、ビッグデータが活用され、AIが深層学習(ディープラーニング)の能力を獲得しているこの時代は技術的特異点を目前にしているのかという疑問をぶつけて、信頼できる答えを返してくれそうな人はわずかしかいない。西垣通はその一人だ。「人間」の何たるかを理解している数少ないAI専門家だからだ。それで、西垣の回答は? はっきりしている。技術的特異点などやって来ない。
 本書はまず、ビッグデータや深層学習のどこが新しいのかをわかりやすく解説する。深層学習は、神経細胞網をまねたモデルを用いた、パターン認識機械学習である。特に、入力パターンから特徴を抽出し、それをもとにあらためて出力したパターンがちゃんともとの入力パターンとほぼ同じになるかを自分で確かめる技術(自己符号化)が使われているところが画期的。
 本書によれば、深層学習を獲得してもAIは人間を超えない。生物である人間は自分で自分をつくり外からは反応を予見できない自律的システムだ。他律的システムである機械とは違う。
 本書は、しかし、AIの限界を指摘するだけではない。AIとビッグデータの有意義な活用法も提案する。集合知の支援である。いくつかの条件が満たされているときには、人々の推論や思考を集計した集合知は非常に正確だとわかっている。深層学習は、膨大なパターン集団というビッグデータから隠れた共通性を抽出する操作なので、集合知の導出法によく似ている。
 ビッグデータとAIと集合知は三位一体の関係にある。それは人間を支配する悪魔にもなれば、人間を救済する武器にもなる。本書の教訓である。
中公新書・842円)
 <にしがき・とおる> 1948年生まれ。東京大名誉教授。著書『集合知とは何か』。
◆もう1冊 
 岡嶋裕史著『ビッグデータの罠(わな)』(新潮選書)。個人情報をクラウドが管理する情報革命時代を「新たな監視社会」と警鐘を鳴らす。
    −−「書評:ビッグデータ人工知能 西垣通 著」、『東京新聞』2016年09月25日(日)付。

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