覚え書:「終わりと始まり 普天間基地の20年 沖縄は日本の植民地か 池澤夏樹」、『朝日新聞』2016年07月06日(水)付夕刊。

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終わりと始まり 普天間基地の20年 沖縄は日本の植民地か 池澤夏樹
2016年7月6日

 先日、『沖縄への短い帰還』という本を那覇の出版社から出したのを機に沖縄に帰った。

 ぼくはかつて十年に亘(わた)って沖縄に住んだが、それも今は昔、その後はいつ行っても短い帰還でしかない。

 来るたびに前と変わらないところ、大きく変わったところ、それぞれが目に飛び込み心(チム)に迫る。

 六年ぶりに辺野古に行った。

 たまたま今は工事が中断されている時期で、海はまことに静かだった。

 キャンプ・シュワブの前で普天間基地の移設に反対する人々に会った。人はある場所に居るだけで意志表示ができる。一日も欠かさずこの場所で二年という持続も強い意志の表現だ。

 橋本首相とモンデール駐日大使の間で普天間基地の返還が合意されてから二十年になる。しかし、基地は危険を承知で運用が続いており、この先も返還の実現は遠い。

 理由の第一は引っ越しのついでに大きな便利な基地をというアメリカ側の強欲。第二はこれに迎合する日本政府の卑屈な姿勢。揉(も)み手で「アメリカさまの仰(おっしゃ)ること」と言わんばかり。第三に代替地として名乗りをあげる自治体が本土(日本国から沖縄県を除いた一都一道二府四十二県)にないこと。

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 第三の理由について話そう。

 普天間基地の周囲には小・中学校と高校、大学、合わせて十六校がある。普天間第二小学校・普天間第二幼稚園は校庭・園庭がフェンスで基地に接している。滑走路への進入コースから百三十メートルしか離れていない。着陸するパイロットの顔が見えるほど。

 そこに日に平均八十回、民間機よりはるかに騒音が大きくて事故率も高い軍用機が離着陸する。最近ではその三分の二が危ないオスプレイ

 基地の主体は長さ二千七百メートルの滑走路である。これが東京にあるとしてみよう。青梅街道に沿って中野坂上から環七との交差点まで。市街地であって人口密度も中野区・杉並区と変わらない。

 中野区と杉並区のみなさん、日本中の市街地に住むみなさん、そういう事態を自分の生活に重ねてみて下さい。子供たちの目の前に重低音を発するオスプレイが飛び交うありさまを。そのたびの授業の中断を。

 ぼくは同じことをこの欄で何度も言ってきた。

 具体的に代替地を提案したこともある。五年前に鹿児島県の馬毛島という離島のことを書いたが、もともとは一九九七年に「週刊朝日」に書いたことだった。無人島で、南北四キロ、滑走路が造れるほど大きく、平坦(へいたん)で、種子島からは十二キロと充分(じゅうぶん)に遠い。個人所有で買収は容易。嘉手納からも岩国や佐世保からも一時間の飛行距離。

 今、ぼくは北海道の苫東は如何(いかが)かと言っている。苫小牧の東に位置するこの地域は工業団地を目指して一九七〇年代に開発が始まったが、バブルに乗り遅れて完全な空振りに終わった。結果は空白のままで千八百億円の赤字。今もってがらんとしている。太平洋に面していて近くに人家は少ない。

 あるいは別海町自衛隊矢臼別演習場もある。実はどちらもアメリカが提案したのを即座に日本政府がつぶしたらしい。

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 なにがなんでも基地は沖縄という姿勢が透けて見える。だいたい内地のメディアはこういうことを報道しない。執拗(しつよう)に調査報道を続ける琉球新報沖縄タイムスについて、安倍政権に近い百田尚樹氏は「沖縄の二つの新聞社は絶対につぶさなあかん」と言った。報道の自由を強権で奪う。どこの国の話かと思うが、これはまさしくこの国のことだ。

 日本国は沖縄県をあからさまに植民地と見なしている。どんな迷惑施設を押しつけてもかまわない二級の国土。

 二十年間、普天間基地を巡る状況はちっとも変わらないと言いそうになるが、そうではない。緊迫の度はいよいよ高まっているのだ。

 その思いを伝えるのが六月の県議会議員選の結果であり、アメリカ軍属による女性殺害に抗議するために六万五千人が集まった県民大会である。

 大会で「安倍晋三さん、本土に住む皆さん、今回の事件の第二の加害者はあなたたちです」、と二十一歳の玉城愛さんは訴えた。被害者は二十歳だった。人ごとではないのだ。

 この論法は矛盾していると自分でも思う。騒音や犯罪、事故の危険など基地の問題を訴えれば訴えるほど、そんな危ないものは御免(ごめん)だと本土の人は言う。では沖縄はどうすればいいのだ?

 今もって沖縄の経済は基地の収益に支えられているという誤解がある。それならば結構、地代と一緒に基地を差し上げる。早々に引き取っていただきたい。

 ぼくは本土に住むあなたを敢(あ)えて挑発しているのだ。
    −−「終わりと始まり 普天間基地の20年 沖縄は日本の植民地か 池澤夏樹」、『朝日新聞』2016年07月06日(水)付夕刊。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12445499.html


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