覚え書:「書評:アメリカ政治の壁 渡辺将人 著」、『東京新聞』2016年10月9日(日)付。

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アメリカ政治の壁 渡辺将人 著

2016年10月9日
 
◆リベラル混迷、見えぬ明日
[評者]横山良=神戸大名誉教授
 著者はかつてバラク・オバマについての優れた評伝において、党派政治からアイデンティティ政治、さらには国境までも越えていくオバマへの期待を表明した。本書は前書と対をなし、アメリカ内外を走る亀裂という「壁」を前にして、越境できず立ちすくむオバマに象徴されるアメリカのリベラル政治の隘路(あいろ)を説明しようとする。最新の情報をアメリカ政治のインサイダーの目を通して読み解こうとする本書からは、アメリカを切り裂く亀裂の深刻さと、「壁」の向こうには何があるのかわからないという緊張感が伝わってくる。
 共和党は従来、「小さな政府」論などの「理念の民主政」と経済的グローバリズムのような「利益の民主政」を組み合わせた政党であった。対する民主党も、経済的再分配のような「利益の民主政」と人権・アイデンティティ擁護のような「理念の民主政」を組み合わせた政党であった。しかし、広い意味でのグローバル化の中で、この組み合わせは撹乱(かくらん)・解体され、無党派層の政治的活性化も絡み、政党支持関係は錯綜(さくそう)・流動化した。
 十九世紀末以来の革新派ポピュリストの末裔(まつえい)ともいうべきオバマ共和党と手を組んでTPP(環太平洋連携協定)を推進しようとし、かつて国務長官として賛成の立場だったヒラリーと共和党候補のトランプがともにこれに反対している構図ほど、政党支持関係、とりわけ民主党リベラルの混迷を示すものはなかろう。 
 著者は末尾において、「良性のポピュリズム」と「悪性のポピュリズム」を区別している。アメリカ史上のポピュリズムとは、「普通の人間」の「利己的」(とみなされる)エリートに対する抗議の言葉である。この文脈上では既存の職業政治家が常に指弾の標的になる。共和党主流派から総スカンを食っているトランプにとって、これこそ大きな「資産」である。ここには「悪性のポピュリズム」独特の毒がある。本書が鳴らす警鐘であろう。
 (岩波新書・929円)
 <わたなべ・まさひと> 北海道大准教授。著書『分裂するアメリカ』など。
◆もう1冊 
 冷泉彰彦著『民主党アメリカ 共和党アメリカ』(日本経済新聞出版社)。両党の違いや対立軸を解説した旧著を全面改訂して再刊。
    −−「書評:アメリカ政治の壁 渡辺将人 著」、『東京新聞』2016年10月9日(日)付。

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