覚え書:「科学の扉:宇宙の謎に迫る加速器 粒子衝突、ビッグバン直後再現」、『朝日新聞』2016年07月10日(日)付。

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科学の扉:宇宙の謎に迫る加速器 粒子衝突、ビッグバン直後再現
2016年7月10日

写真・図版
宇宙の謎に迫る加速器<グラフィック・大屋信徹>
 宇宙の謎を解くカギ「対称性の破れ」について世界的成果を上げた高エネルギー加速器研究機構茨城県つくば市)の加速器「KEKB(ケックビー)」が「スーパーKEKB」へ改造されている。性能を40倍に高め、再び新たな物理法則の解明に挑む。

 私たち人間や銀河は粒子から出来ている。粒子は宇宙の始まりとされる約138億年前のビッグバン直後に、高エネルギー状態から冷えていく中で生まれた。この際、粒子とは電気的な性質などが逆の「反粒子」が等しく対になって生まれたと考えられている。

 ところが、現在の宇宙に反粒子はほとんどない。

 粒子と反粒子がぶつかるとエネルギーになり、ともに消えるとされる。反粒子がほとんど存在しない理由について、粒子と反粒子が崩壊する時の物理法則がわずかに違い、粒子だけが生き残ったと考えられる理論が「CP対称性の破れ」だ。この理論で2008年、ノーベル物理学賞を受けたのが小林誠さんと益川敏英さんだ。

 2人は1973年、当時3種類しか見つかっていなかった素粒子の一種「クォーク」が6種類以上あれば「破れ」が起きると説明した。

 その後、CP対称性の破れを観測するには、粒子と反粒子の中でも「B中間子」と「反B中間子」の壊れ方の差を調べることが適切との予測が出された。そこで高エネ機構に建設されたのが加速器「KEKB」だ。B中間子と反B中間子を効率良く生み出せるように設計され、国外からも研究者が参加し、2001年までに2人の理論の正しさを確かめた。

 しかし、「CP対称性の破れ」だけでは宇宙に反粒子がほとんどないことを説明しきれないこともはっきりした。未知の物理現象を探すための大改造がスーパーKEKBだ。

 ■性能、40倍に向上

 スーパーKEKBも基本構造は従来通りだ。電子と陽電子を光速近くまで加速してぶつけ、高エネルギーの状態を作り出す。ただ、衝突のしやすさを40倍に引き上げた。ビッグバン直後を再現させる狙いだ。「反応をたくさん生み出して、宇宙の誕生直後により近い状態を探すことができます」。高エネ機構の後田裕教授は話す。

 衝突しやすくした方法は二通りある。まず電子と陽電子のビームを衝突する場所だけ絞り込み、断面積を小さくしてKEKBの20倍にした。さらに、電子や陽電子のビームの強さを2倍に。合わせて40倍にした、という訳だ。

 ビームの断面積を絞りこむため「ナノ・ビーム方式」という新しい衝突方式を採用した。電子と陽電子のビームの衝突角度を、約1度というほぼ正面衝突から約5度に変更。さらに、ビームのサイズを約100ナノメートル(ナノは10億分の1)まで小さくした。

 ビーム電流も増強。電子と陽電子を打ち出す装置の強度を高め、陽電子ビームを安定させられるようにした。改造に約310億円をかけたスーパーKEKBは今年2月、試験運転を始め、ビームが内部のパイプを周回した。年末までに、ビームの衝突による反応を調べる検出器も改造し、検出する効率を高めていく。本格的な運用開始は来年秋を見込んでいる。

 ■標準理論を超えて

 加速器による実験は「宇宙や物質が、何でできているのか」を解明する素粒子物理学を理論研究とともに発展させてきた。

 日本ではもともと、湯川秀樹博士をはじめとする理論研究が先行。実験については第二次大戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が核開発につながりかねないとして加速器が破壊され、一時停滞した。その後、60年代になって東京大に加速器が建設され、理論と実験の両方が育ってきた。

 スーパーKEKBは、高エネ機構における電子と陽電子を衝突させるタイプの大型加速器として3代目。一方、世界最高の衝突エネルギーを出せる加速器としては、欧州合同原子核研究機構のLHC(スイス・ジュネーブ郊外)がある。

 素粒子物理学は1970年代、現在の枠組みとされている「標準理論」を作りあげた。理論が存在を予言した17種類の粒子のうち、最後のヒッグス粒子が2012年にLHCで見つかった。これで、標準理論は実証が終わったとされている。

 しかし、標準理論で説明できない現象がすでに見つかっている。例えば素粒子ニュートリノは、標準理論で質量ゼロとして扱ってきたが、98年に東京大宇宙線研究所のスーパーカミオカンデ岐阜県飛騨市)が質量があることを突きとめた。また、宇宙の大部分は光では観測できない暗黒物質や暗黒エネルギーで構成されていることも知られている。だが、標準理論ではそれらも説明できない。

 現在の加速器実験は、こうした標準理論を超える物理法則に焦点を当て、新粒子の探索にも乗り出している。スーパーKEKBの目標は、まず対称性の破れの詳細な検討だが、標準理論を超えた粒子の発見のヒントをつかめるのではないかと期待が持たれている。(奥村輝)

 <欧州のLHC> スイスのジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機関(CERN)が運営する加速器。1周約27キロのパイプの中で加速させた陽子同士を衝突させ、2012年には標準理論を構成する素粒子の中で唯一見つかっていなかったヒッグス粒子を発見した。その存在を予言していた2氏が翌年にノーベル物理学賞を受けた。

 その後、主に衝突エネルギーを高める改造が進められ、現在ではヒッグス発見時の2倍近い、電子を13兆ボルトの電圧で加速した時のエネルギーに達した。標準理論の外側にある「超対称性粒子」の発見を狙う。

 ◇「科学の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「五輪の技、磨く施設」の予定です。ご意見、ご要望はkagaku@asahi.comメールするへ。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12451973.html





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