覚え書:「耕論 辺野古しかないのか 佐藤学さん、マイケル・オハンロンさん、森本敏さん」、『朝日新聞』2016年07月22日(金)付。

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耕論 辺野古しかないのか 佐藤学さん、マイケル・オハンロンさん、森本敏さん
2016年7月22日
 
イラスト・小倉誼之
 
 参院選からわずか10日余り。米軍普天間飛行場辺野古への移設問題で、日本政府は沖縄県を提訴する方針を21日に表明し、再び強硬路線に転じた。辺野古は本当に「唯一の解決策」なのか。

 ■選択肢、いくらでもある 佐藤学さん(沖縄国際大学教授)

 振り出しに戻って考えれば、この問題は要するに、米海兵隊が使う普天間という危険な飛行場をどうすべきかという、それだけの話でした。

 それが、うんと話を盛って「日米関係がかかっている」かのような話になってしまった。なぜか移設しないと解決せず、しかも辺野古が「唯一の選択肢」だと。その論理にはあまりに飛躍があります。

 沖縄は米空軍の嘉手納基地を引き受けています。巨大な基地であり、まさに台頭する中国をにらんだ抑止力です。現代の戦争は、この空軍と海軍がまず敵をたたく。その後に陸軍とともに占領しに行くのが、海兵隊の役割です。斬り込み部隊として敵前上陸し、橋頭堡(きょうとうほ)を築く戦いをしたのは66年前、朝鮮戦争の仁川上陸作戦が最後でした。

 だから海兵隊は、たとえば北米から派遣しても戦闘には十分間に合います。沖縄の海兵隊は現状でも、すぐには動けないんですよ。兵員を運ぶ揚陸艦が800キロ離れた佐世保港にありますから。

 辺野古ではなく、たとえば佐賀空港に移設すれば、ずっと佐世保に近くなります。下北半島や苫小牧東部なら、飛行場と軍港をセットに置ける適地もある。むしろ北米本土に、日本のカネで、海兵隊の飛行場と訓練場をつくるというのが私の持論ですが。

 つまり選択肢はいくらでもある。なのに辺野古が唯一と言い張るのは、沖縄以外だと政治問題になるから、一度決めたことを官僚は覆したくないからでしょう。あるいは、日米軍事同盟の緊密さの象徴として望んでいるのか。米軍が日本を見捨てないシンボルとして、海兵隊は沖縄に残ってほしい、と。

 でも、いまの沖縄を見てください。米軍属による女性殺人事件で、県議会や市議会が相次いで「米海兵隊撤退」要求を決議しています。事件の再発防止なんて不可能ですから、ここでもう一度、重大事件が起きようものなら、日米同盟本体を脅かしかねない。長年の米軍支配に苦しみ、運動で日本復帰を勝ち取った人々の思いの強さを、軽んじるべきではありません。

 そもそも日米新ガイドラインでは、離島の防衛における米軍の役割は「支援と補完」と明記されています。尖閣の防衛に責任を負うのは自衛隊なんです。しかもオスプレイはプロペラ機です。もしも海兵隊が乗って尖閣に飛んで行ったりしたら、撃ち落とされるだけですよ。

 そんな特攻のような攻撃を、無人の小島をめぐる対中戦争を、米国世論が支持すると思いますか。それは、もはや願望や妄想です。米国はそんな甘い国ではない。

 もっと現実を見据え、軍事的合理性のある議論をしていかないと、日本の真の安全保障は図れないのではありませんか。(聞き手・萩一晶)

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 さとうまなぶ 58年東京生まれ。政治学。85年に渡米、ピッツバーグ大などで非常勤講師。2002年に帰国し現職。

 

 ■海兵隊を分散、有事展開 マイケル・オハンロンさん(米ブルッキングス研究所上級研究員)

 私は今年5月に訪米した翁長雄志(おながたけし)・沖縄県知事と会って意見交換をしました。翁長氏は、日米両政府が検討しているいかなる計画も政治的に批判したいのだと感じました。

 米国は沖縄に駐留する海兵隊を縮小させることに柔軟ですが、我々が何を提案してもさらなる要求をされるのではないか、と考えるようになっている面もあります。

 一方で、中国は毎年8〜10%軍事予算を増やしており、2018年には2千億ドル(約21兆円)となり、10年の2倍になると試算されています。能力も10年前と比べて格段に向上しています。米国がアジアでの駐留を削減して弱体化したと中国に勘違いさせないために有事の対応能力を高めておく必要があるのです。

 ただ、米軍普天間飛行場を移設し、辺野古海兵隊のための新滑走路を建設する計画に対しては、沖縄で強い反対があります。日本政府が裁判に持ち込む可能性もありますが、法廷闘争は簡単に10年の歳月を費やすでしょう。その間、沖縄の米軍への反対がさらに強まる可能性が高い。

 そうなれば、(辺野古への)海兵隊の新滑走路建設だけでなく、嘉手納の米空軍基地を含む他の拠点の存続までが危険にさらされる可能性があります。普天間飛行場は主に海兵隊の訓練に使われているのに対し、空軍と海軍が使う嘉手納基地は、東アジアの幅広い地域を監視すると共に有事の際には現場に出動する役割を担っています。

 (辺野古に)費用のかかる新滑走路を建設することなく、沖縄の負担を軽減する方法があると思います。

 まず、沖縄に駐留する海兵隊員のうち、さらに約5千人を米西海岸に移し、平時の沖縄の海兵隊員を約3千人にまで縮小します。同時に1万5千〜2万人の海兵隊員に提供できる兵器や物資を積んだ事前集積船を日本の港に停泊させておき、有事の際は船を現場に向かわせるのです。そこに、別の場所から海兵隊員たちが空路で駆けつけ、合流します。海兵隊の展開能力は今より50%向上します。

 また、沖縄に残る3千人の海兵隊員の対空能力をフル活用するため、米軍キャンプ・シュワブ内に新ヘリポートを建設。那覇空港には、緊急時に米軍と自衛隊が使える第2滑走路を造ります。普天間飛行場は閉鎖しますが、滑走路は有事のために保持しておく。平時の利用は劇的に減る一方、有事の能力は現状よりかなり高まります。

 これらの転換がうまくできれば、地元にも受け入れられやすく、日米同盟と米軍の作戦能力を共に強化できます。

 すでに深刻な(沖縄の反対運動などの)状況が、本当に抜き差しならない状態に陥る前に、こうした計画変更を行うべき時機にきています。(聞き手・峯村健司)

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 Michael O’Hanlon 61年生まれ。米国務長官の国際安全諮問評議会メンバーを務めた。専門は米国の防衛戦略、外交戦略。

 

 ■即応維持の道、他にない 森本敏さん(元防衛相)

 米国の海兵隊は武力紛争から自然災害まで、緊急事態に迅速に対処する初動対応部隊です。沖縄に駐留する海兵隊の役割で最も重要なのは、広大なアジア太平洋地域の緊急事態に即座に対応する「陸上兵力」として、抑止機能を果たすことです。

 2008年ごろから中国が海洋進出を加速させている。米軍はハワイを軸にグアムやオーストラリアなどに海兵隊を分散配備し、中国の伸長に備えています。その最先端にあるのが沖縄の海兵隊です。

 第2次世界大戦時のような大規模上陸作戦は現代では考えにくいので海兵隊は不要だという議論は、必ずしも正しくない。陸軍のような大規模部隊を動かすには時間がかかる。地上、航空、後方支援部隊をワンセット自前で持ち、最短時間で相手の心臓部に兵力を送り、作戦目的を達成できる海兵隊は現代戦に不可欠で、イラクアフガニスタンの緒戦で実証済みです。

 では「沖縄」にいないと抑止力は無くなるのか。答えはノーです。九州南西部辺りに基地があれば、少し不便な部分はあるものの、地域全体の抑止力は問題ないでしょう。

 ただし即応態勢が維持できるという条件つきです。即応態勢とは、あらゆる種類の訓練ができ、必要な後方支援を受けられ、部隊輸送に必要なオスプレイの飛行場があるという三つの機能が比較的近くで満たされること。09年に大阪の橋下徹知事が、普天間の代替地に関西空港を挙げました。しかし、部隊は沖縄にいて飛行場が関空では即応態勢があるとはいえません。

 特に、オスプレイの飛行場と地上部隊の距離は近いほどいい。地上部隊は沖縄中部の基地にいます。それを離すのは隣のアパートに自分が履くゲタを置くようなものです。

 海兵隊員が乗る揚陸艦の基地が沖縄から数百キロ離れた佐世保にあるのは即応態勢として十分か?ですか。現代の軍事環境で海兵隊を投入しなければならない事態は一瞬に起こるのではなく、事前に情報を集めて分かる。佐世保から揚陸艦を出し沖縄近海で乗せる十分な時間があります。

 即応態勢は十分か、周辺住民の安全・環境負荷が小さいか、運用面で米軍が受け入れ可能かなどを評価基準に、政府は8年かけて全国の基地への移転可能性を検討しました。その結果、軍事的にも政治的にも辺野古が最適と判断したのです。

 辺野古は、滑走路をV字形に配置し、離着陸とも海側で行うため騒音や安全面で住民への悪影響を最小限に抑えられる。キャンプ・シュワブなど既存の米軍基地からのアクセスも比較的利便性が高い。テロ対策も容易な位置にあります。沖縄の中でも適地はほかに見当たらず、それゆえに「唯一の選択肢」なのです。(聞き手・畑川剛毅)

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 もりもとさとし 41年生まれ。拓殖大総長。航空自衛隊、外務省安全保障政策室長などを経て2012年に民主党政権下で防衛相。

 

 <辺野古問題> 1996年に日米両政府は「5〜7年以内の普天間飛行場返還」で合意した。99年に稲嶺恵一知事が移設先を名護市辺野古地区と表明。2006年に政府と名護市が辺野古にV字形滑走路を造る修正案に合意した。09年に誕生した民主党政権は県外移設を模索したが翌年断念。13年に仲井真弘多知事が埋め立てを承認。15年に翁長雄志知事は承認を取り消した。国が知事を訴えた訴訟で今年3月に和解し、双方はその後話し合いを続けていた。
    −−「耕論 辺野古しかないのか 佐藤学さん、マイケル・オハンロンさん、森本敏さん」、『朝日新聞』2016年07月22日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12472460.html





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