覚え書:「書評:問題は英国ではない、EUなのだ エマニュエル・トッド 著」、『東京新聞』2016年10月30日(日)付。

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問題は英国ではない、EUなのだ エマニュエル・トッド 著 

2016年10月30日
 
◆変化を見通す手法明かす
[評者]廣瀬弘毅=福井県立大准教授)
 六月にイギリスで行われたEU離脱(ブレグジット)という国民投票の結果だけでなく、これまでもソ連の崩壊など数々の歴史的な変化を予言してきたとされるフランスの家族社会学エマニュエル・トッドの新著である。ネット上のインタビューや日本の雑誌等に発表されたものが集められている。
 だが、タイトルだけに惹(ひ)かれて読み始めると少し肩すかしを食らうかも知れない。もちろん、英米自らが進めたグローバル化に疲れたという「グローバリゼーション・ファティーグ(疲労)」など鋭い問題提起も多い。だが、トッドが「EUの問題」の中心だと考えるドイツの力への渇望や偏執狂的な行動が、どのような人たちによって、なぜ生み出されているのかという分析はほとんどない。それは詳述なしに議論の出発点になっており、イギリスがその問題にどう対応したのか、今後フランスはどうすべきかという点に主眼が置かれている。実際、本書の第一章の原題の副題は「イギリス人の後を追うことは、我々の革命の伝統に従うものだ」である。EUが抱える問題自体は、昨年同じ文春新書から出た『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』の方がまだ詳しいので、本書と合わせて読むと良いかも知れない。
 評者にとっては、むしろ第三章の方が興味深い。トッドは、これまで各地域ごとの家族構成の違いが、イデオロギーの受容や社会構造の変化に影響を与えてきたことを、データを用いて定量的に明らかにしてきた。学者としてのトッドの能力がどのように獲得されてきたのか、この能力がどのように現在の分析に発揮されているのか、種明かしがされているからだ。ただし、良い意味でアカデミックな文体であり、読み込むためは、学際的な知識も要求されて、なかなか手ごわい。本書は、ブレグジットという時流のニュース解説的なものを求める人よりも、じっくりと社会の変化を辿(たど)る彼の理論を学びたい人にこそ、お薦めしたい。
 (堀茂樹訳、文春新書・896円)
<Emmanuel Todd> 1951年生まれ。フランスの学者。著書『帝国以後』など。
◆もう1冊 
 細谷雄一著『迷走するイギリス』(慶応義塾大学出版会)。国民投票で離脱を選択するまでの歴史をたどり、英国と欧州の今後を展望。
    −−「書評:問題は英国ではない、EUなのだ エマニュエル・トッド 著」、『東京新聞』2016年10月30日(日)付。

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