覚え書:「社説余滴 今は昔か、保守の懐深さ 箱田哲也」、『朝日新聞』2016年08月05日(金)付。

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社説余滴 今は昔か、保守の懐深さ 箱田哲也
2016年8月5日

国際社説担当・箱田哲也
 56年前の元日の朝日新聞にこんな見出しの記事がある。

 「李承晩(イスンマン)さん、この人ご存じ? “韓国こそ私の故郷” 曽田さん養老院で『帰国』熱願」

 植民地支配下にあった現在のソウルで千人におよぶ孤児を育て、日本に戻ったキリスト教伝道師、曽田嘉伊智が、90歳を超えて韓国に帰りたがっていることログイン前の続きを当時の大統領に呼びかけた。

 後に天声人語の筆を執る、疋田桂一郎が書いた。

 報道がきっかけで曽田は念願の「帰国」を果たすのだが翌年に死去。大八車をひいて孤児らの食糧を求め歩いた慈父の死を悼み、韓国では国をあげての葬儀が営まれた。

 曽田はソウルの地に眠る。が、長い時が流れた。韓国人牧師の金永俊(キムヨンジュン)さんはいま、曽田の存在を多くの韓国人に知ってもらおうと、足跡を懸命に追う。血縁のある人がいないかと日本中を探し回るが、たどりつけていない。

 手元の資料の数々を見て、金牧師は「それにしても」と思う。資料からは、多くの日本の保守政治家が曽田の功績をたたえたことがわかる。

 中でも曽田と同郷の岸信介・元首相は熱心で、死去2年後にソウルであった曽田の追悼式に娘夫婦の安倍晋太郎夫妻を送った。言わずと知れた安倍晋三首相のご両親だ。

 「国交正常化前夜だけに、良い意味で韓国での曽田人気にあやかりたかったのかもしれないが、それだけではないでしょう」と金牧師はみる。

 岸と親交があり、「日韓外交の怪物」の異名をとる崔書勉(チェソミョン)さん(89)にそんな話をすると、かつての保守政治家の懐の深さを物語る逸話が次々に飛び出した。

 「岸は何度も、韓国には悪いことをしたと謝った。それどころか反日で鳴らした李承晩に特使を送り、(同郷で初代韓国統監の)伊藤博文の過ちをわびさせた」

 冷戦は終わり、日韓の二国間の間合いも、両国をとりまく状況も大きく変わった。

 歴史問題にのみ焦点をあてるような言説にも刺激されるのか。いつの間にか周辺国に勇ましい発言を繰り返すのが保守であるかのような印象が日本に広がりつつある。

 今と昔の保守政治家は、どう違うのか。眉間(みけん)に深いしわを刻みながら崔さんは語るのだった。「昔は皆、反共や経済といった目的とともに、どんなアジアを作るかという夢も抱いていた。今の保守には目的しかないんじゃないの」

 (はこだてつや 国際社説担当)
    −−「社説余滴 今は昔か、保守の懐深さ 箱田哲也」、『朝日新聞』2016年08月05日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12496715.html





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