覚え書:「昆虫サイボーグ、進む研究 無線操作で測定・救助に利用」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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昆虫サイボーグ、進む研究 無線操作で測定・救助に利用
西川迅2016年8月7日

 小さくて機敏、そんな昆虫の優れた能力を利用した新しい技術の研究が進んでいる。遠く離れた所から飛行する方向を操ったり、動き回って測定データを集めたり――。昆虫と機械が融合した「昆虫サイボーグ」が登場しつつある。

 飛行する昆虫をドローンのように自由に操縦する。そんな「昆虫サイボーグ」を作ることに成功したという論文が昨年3月、米科学誌に掲載された。

 開発したのはシンガポール南洋理工大の佐藤裕崇・助教授ら。カブトムシと同じ甲虫のオオツノカナブンの背中に、無線の受信機を組み込んだ電子回路(約1平方センチ)や小型の充電式電池を載せた。無線で指令を送ると、目や羽の根元の近くに埋め込んだ計6本の電極を通じて神経が刺激される。連続で飛べるのは約30分だ。

 飛び始めと飛行停止は、光の方向へ飛ぶ甲虫の習性を利用し、目の近くの神経を刺激する。左右の方向転換は、羽の折りたたみなどを担う筋肉の神経に刺激を与える。

 このカナブンが背負って飛べるのは体重の3割にあたる3グラム程度まで。電子装置の小型軽量化が進み、安価で入手できるようになったことも実現を後押しした。

 佐藤さんによると、電極を埋め込んでも昆虫の寿命は通常と変わらない。「温度や位置情報のセンサーを載せて大量に被災地に放つことで、人間などが入れないがれきのすき間から、温度の違いを頼りに生存者を見つけるのに役立てられるのでは」と期待する。

 昆虫をまねた飛行ロボットも開発されているが、昆虫ほど複雑な動きはできず、電気を多く使うため長時間は飛ばせない。飛ぶ能力を持つ昆虫を利用できれば、ゼロから作るより効率がよい。飛ぶのに電気はいらず、ロボットのようにすべてを制御する必要もない。

■体を使って発電

 電気がなくても動ける昆虫サイボーグも、搭載した測定器や電子回路などに使う電気は必要だ。この電気を自給できるようにすれば、電池交換が不要になる。大阪大の森島圭祐教授(生体機械)らが開発したのが、虫の体液に含まれる糖分の化学反応で発電する「バイオ燃料電池」だ。

 体長約7センチのマダガスカルゴキブリの背中に電極を埋め込み、体液中の糖分「トレハロース」を酵素で分解して電気を生み出す。最大出力333マイクロワットを達成。思うままにゴキブリを操縦することはできないが、生み出した電気で温度や湿度を測るセンサーを1時間弱ほど動かし、無線で測定データを送ることに成功した。

 森島さんは、人間が立ち入れない厳しい環境に入り込んで、寿命が続く限り測定する「環境モニタリングロボット」の実現をめざしている。「昆虫の生命力には大きな可能性がある」と話す。

 こうした発電の仕組みを応用すれば、将来、人の体内に入って血液で発電しながら、健康状態をチェックするような超小型機械が実現できるかもしれないという。

■人工の羽で速く

 昆虫サイボーグが注目されたきっかけは、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)が2006年に公募した研究計画だった。テーマは、微小電気機械システム(MEMS)という技術を使った、昆虫と機械を融合させた「ハイブリッド昆虫」の開発。最終目的には遠隔操作などで100メートル離れた目標地点に到達させることが掲げられた。DARPAの支援を受けた米国の大学のチームが、ガを操る低消費電力の受信機を開発するなどした。

 どんな昆虫が「サイボーグ化」に適するのか。ハエが飛行能力やエネルギー効率の面で優れるが、体が小さくて技術的に扱いにくい。ガやトンボ、バッタも候補だが、搭載できる機器は最大1グラムほどに限られる。カブトムシなどの甲虫は10センチを超えるものがいて、比較的重いものを運べる。電極を埋め込むにも適度な大きさだ。

 シンガポール南洋理工大の佐藤さんによると、甲虫のなかでもオオツノカナブンはよく飛ぶうえ、がれきのすき間でも羽を傷つけずに歩けるという。より速く飛ばすため、早稲田大の梅津信二郎准教授(機械工学)は昨年10月から佐藤さんと共同で羽の人工開発を進めている。実際の羽に近い素材を加工し、厚さ2マイクロメートルの薄い羽を作って本物と置き換える。

 ただ、今の技術では目的地に到達できるような高い精度で飛ばすことは難しい。人間がどこまで昆虫を操ったり改変したりしていいのか、将来、社会的な議論を呼ぶ可能性もある。(西川迅)

     ◇

■災害現場で互いに通信?

 昆虫サイボーグにさまざまなセンサーを搭載して大量に放てば、膨大な情報を収集できる道具になりうる。ネットと通信できるようにすれば、あらゆる機器をネットにつないで生活を便利にする「IoT(モノのインターネット)」の昆虫版のような使い方もできそうだ。

 早稲田大の梅津さんによると、飛翔(ひしょう)中に互いに通信して災害現場のマップをすばやく作成することも可能になるかもしれないという。ただ、そのためには、より速く飛び、より多機能の機器を載せる必要がある。実用化はまだ先だという。
    −−「昆虫サイボーグ、進む研究 無線操作で測定・救助に利用」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/ASJ820CP9J81PLBJ00N.html





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