覚え書:「売れてる本 強父論 [著]阿川佐和子 [文]山口文憲(エッセイスト)」、『朝日新聞』2016年10月09日(日)付。

Resize3933


        • -

売れてる本
強父論 [著]阿川佐和子
[文]山口文憲(エッセイスト)  [掲載]2016年10月09日

■独裁者が鍛えたオヤジさばき

 作者はオストロフスキーだったか。ソ連時代のロシアの国民文学に『鋼鉄はいかに鍛えられたか』というのがある。とうに忘れられた作品だが、この「強父」体験ドキュメントを読んでいるあいだ、なぜかずっとその名が私の頭を離れなかった。
 旧海軍出身で保守派の著名な文士の家と旧ソ連とのあいだになにか関係が? 直接にはないと思うが、気まぐれな独裁者の下でみんなびくびく暮らしたという点は似ていなくもない。
 そのせいで、かわいそうな娘は“いかに鍛えられ”てしまったか。父親の一周忌を前に、ご当人が自己治療の意味もこめて書いたのがこの本である。
 エピソードのなかには、すでに知られているものもある。だが、この手のトラウマティックな話は、本人の気がすむまで何度でもするのがいいらしい。
 たとえばこんな心ないこともあったという。幼稚園児の娘が父親に話しかける。すると、話が要領をえないのにキレて「結論から言え、結論から!」。また同じ娘が、うっかりイチゴに生クリームをかけて食べたいなどといおうものなら「なんという贅沢(ぜいたく)なヤツだ!」。だが娘は怒鳴られても泣かない。泣くとまた怒声が飛んでくるので。
 しかし、それもこれもすべてはもう終わったこと。そして、終わりよければすべてよしなんじゃないの、というきいた風な声もあるだろう。実際、著者は幼少時からの「強父」体験のおかげで、いまや「聞く」ことと「叱られる」ことにかけてはこの国の第一人者。ベストセラーの『聞く力』(文春新書、12年)は累計で168万部、続編の『叱られる力』(同、14年)も20万部を超えているという。だからといって、この際父親に感謝と許しを、という話にもなるまいが。
 テレビの「TVタックル」などを見ていると、阿川佐和子のオヤジさばき、センセイあしらいのうまさはまことに水際だっている。あの腕はどうやって身につけたのか。本書を読むと、なるほどねという気になる。
    ◇
 文芸春秋・1404円=6刷10万部 16年7月刊行。「こんなめちゃくちゃな父親がいたのか!と驚く女性からの感想が多いです。介護エピソードをうらやむ男性の声も」と担当編集者。
    −−「売れてる本 強父論 [著]阿川佐和子 [文]山口文憲(エッセイスト)」、『朝日新聞』2016年10月09日(日)付。

        • -




http://book.asahi.com/reviews/column/2016100900002.html



Resize3188



強父論
強父論
posted with amazlet at 16.11.12
阿川 佐和子
文藝春秋
売り上げランキング: 2,670