覚え書:「売れてる本 何様 [著]朝井リョウ [文]阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)」、『朝日新聞』2016年10月23日(日)付。

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売れてる本
何様 [著]朝井リョウ
[文]阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)  [掲載]2016年10月23日
 
■就活から採用側へ、独白駆使

 公開中の映画『何者』が素晴らしい。大学生男女5人の就活、その共同戦線と内心の違和感を、三浦大輔監督(劇団ポツドール主宰)がダイジェストに陥ることなく脚本化した。複雑な心理が精緻(せいち)な俳優演出から観察できる。朝井リョウによる直木賞受賞の同題原作は、中心人物・拓人の「黒い心」が露呈する終盤の逆転が衝撃だったが、三浦はそれを演劇的演出に差し替えてみせた。
 朝井といえば、一人称独白を駆使して意識の流れをリアルに記す才能で知られる。構成も見事。その流儀は『何者』のアナザーストーリー『何様』でも継承された。短編連作『何様』の計6編中最初の5編までは『何者』の人物から1人を焦点化、その来歴・その後・家族などへと展開が拡(ひろ)げられてゆく。
 天真爛漫(らんまん)系男子・光太郎の高校時代の恋。意識高い系女子・理香が空想クリエーター系男子・隆良と同棲(どうせい)を決めた経緯。とうぜん映画の副読本ともなるが、それだけではなく、徐々に前作との合致点が複雑になる構成自体が挑発に富む。
 6編目「何様」の存在がとりわけ戦略的だ。一種の逆像。自分が「何者」であるかもわからず自己承認をもとめる就活生を捉えた『何者』にたいし、それら就活生を観察し採用成否を決定する就職1年目、人事部社員・克弘の葛藤が描かれる。
 私は何様なのか。「人事部だけが、哲学的な問いを、常にぶつけられている」。観察行為の悲哀は『何者』拓人とおなじだ。落涙を催すほどに志望動機が人間的な学生を、あの子は入社してもすぐに辞めると断言する先輩女子社員の現代的ニヒリズム。作者はそれにどう決着をつけるのか。
 対象から「本気の一秒」を見いだせれば採用に踏み切れるという上司の述懐が架け橋となる。これが同棲相手の妊娠を受け入れる克弘の心理変化へ鮮やかになだれこむ。ここにも朝井印、小ささゆえに真実味のある希望哲学が脈打っていた。
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 新潮社・1728円=2刷3万3千部 16年8月刊行。学生の親の世代にも普遍的なテーマが評価されているという。「直木賞から3年、今の朝井リョウを感じ取れる」と担当編集者。
    −−「売れてる本 何様 [著]朝井リョウ [文]阿部嘉昭(評論家・北海道大学准教授)」、『朝日新聞』2016年10月23日(日)付。

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