覚え書:「世界発2016 エチオピア、草の根医療 「保健普及員」若い女性ら3万人」、『朝日新聞』2016年08月11日(木)付。

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世界発2016 エチオピア、草の根医療 「保健普及員」若い女性ら3万人
2016年8月11日


文字の読めない妊婦に対し、イラスト入りの冊子を使って注意点を説明する保健普及員のシンダヨ・タッカさん(右)
 
 エイズなどの感染症に長く苦しめられてきたエチオピアの医療が、劇的な進歩を遂げている。カギは「保健普及員」として活躍する若い女性たちだ。保健システム強化はアフリカの新たな課題で、ケニアで8月末に開かれる第6回アフリカ開発会議(TICAD6)=キーワード=でも議題となりそうだ。

 ■農村に拠点、診療や処方担う

 エチオピアの首都アディスアベバから北へ約500キロ。ティグレ州キヘン村の一角に、トタン屋根の「ヘルスポスト(診療所)」がある。

 「おなかの赤ちゃんの動きが止まったり、出血したりしたら危険なサインです。すぐ連絡下さいね」

 シンダヨ・タッカさん(29)は、ここで保健普及員として働く。妊婦健診に訪れた女性(40)に注意点を説明し終えると、「緊急時には電話して」と携帯番号のメモを手渡した。

 エチオピア政府は2000年以降、全国1万6千カ所に、ヘルスポストと呼ばれる地域の保健医療の拠点を設置。保健普及員を2人ずつ配置し、診療や薬の処方を担わせた。国際援助を活用し、感染症関連などは無料だ。これが農村の医療事情を大きく向上させた。

 受診した女性(45)は、簡易検査でマラリアの再発が見つかった。薬を飲んで回復したが、「昔なら死んでいたでしょう」。別の男性(52)も「10年以上前は、具合が悪くなったら薬草を飲んだ。現代的な薬のおかげで、感染症や出産での死亡はすごく減った」と喜ぶ。

 政府が急ピッチで配置を進める保健普及員は、現在全国で3万人以上いる。担うのは地元の女性たちだ。

 高校卒業後に1年間の研修を受ければ、政府から保健普及員に任命される。予防接種や、エイズマラリアの検査もできる。国からもらう月給約8千円は、周囲の農家の収入よりも高い。特に妊婦や子供の医療が課題だったため、女性が適任なのだという。

 ヘルスポストに入ると、壁一面に張られた手書きの表やグラフが目に飛び込んでくる。病気別の患者数の推移などをまとめたものだ。こうした情報は州レベルで集計され、例えば感染症が拡大してもすぐ覚知できる体制をとっている。

 ■死亡率激減、課題は医師不足

 エチオピアは1990年代まで、アフリカでも最低レベルの医療水準だった。近年は保健普及員の活躍で向上ぶりがめざましい。

 5歳未満の死亡率は00年に145人(千人あたり)だったが、15年には59人に減少。この15年間でエイズ死亡率(78%減)、マラリア死亡率(74%減)も大きく減少した。

 ここに至るには問題もあった。壁となったのは伝統や宗教だ。

 エチオピアでは自宅出産が伝統で、15歳に満たず結婚する女性も珍しくない。性器切除を強いられる「割礼」も根強く残る。識字率も約4割だ。

 政府は地元の女性たちに保健・衛生面の知識を教えたほか、キリスト教イスラム教の指導者たちへの研修も進め、意識の変化を促した。「押しつけてはいけない。地道に理解を進めるのが大事」と政府の担当者は話す。

 05年から7年にわたり保健相を務めたテドロス外相は「政府の主導や資金援助に加え、地域が主体的に取り組んだことが大きい。保健普及員はその代表格だ」と胸を張る。

 保健普及員導入を資金面で支えたのは、00年の九州・沖縄サミットを機に設立された「グローバルファンド」だ。先進国などが資金を出し、エイズなど感染症対策に集中的に資金を投入。エチオピアは約18億ドル(1800億円)を受け取り、保健普及員の育成などに活用した。日本もこれまでに18億ドル以上を出し、今年5月には新たに8億ドルの拠出を発表した。

 ただ、課題は残る。保健普及員の活動により、糖尿病やがんなど、慢性疾患の患者が多いことが分かってきたが、治療にあたる医師が不足しているのだ。

 14年度のエチオピアの医師数は、人口約1万7千人に1人。日本(約400人に1人)よりはるかに少なく、農村部には医師はほとんどいない。国内の医学部卒業生は年間150人(04年)から3千人(16年)に急増したが、報酬の高い海外に出てしまう医師も多く、地域に医師を根付かせる道のりは遠い。

 ■アフリカ各国が注目

 アフリカ諸国はこれまで、国際援助を受けてエイズなど特定の感染症対策を優先的に進め、一定の成果を上げてきた。

 しかし、西アフリカでは14年からエボラ出血熱が大流行し、1万人以上の死者が出た。察知と対策の遅れが感染拡大を招いたとされており、保健システムの強化が課題として浮かび上がった。

 一方、エチオピアでは、保健普及員が全国の感染状況を吸い上げる役割も担っている。こうした情報収集の仕組みを持つ国はアフリカでもまだ少ない。

 27、28両日、ケニアの首都ナイロビでTICAD6が開催される。日本が主導してきた国際会議で、今回は初めてアフリカで開かれる。TICAD6では保健システムの「脆弱(ぜいじゃく)性」が新たな課題として挙げられており、エチオピアの取り組みは各国の注目を集めそうだ。(アディスアベバ高野遼

 

 ◆キーワード

 <アフリカ開発会議(TICAD)> アフリカの開発をテーマとした国際会議。1993年に日本主導で初開催し、6回目の今回は初のアフリカ開催として8月27、28日にケニアで開かれる。アフリカ諸国と日本に加え、周辺国や国際機関、民間企業も参加する。今回は経済成長に加え、新たに保健システムや暴力的過激主義への対応などが議論される。今後は3年ごとに日本とアフリカで交互に開催する予定。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12506566.html





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