覚え書:「相模原事件が投げかけるもの:下 「優生」消えても、残る偏見」、『朝日新聞』2016年08月26日(金)付。

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相模原事件が投げかけるもの:下 「優生」消えても、残る偏見
2016年8月26日

 「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」。そう明記した法律が、1990年代半ばまで日本にもあった。条文は削除され、法律の名前も変わった。果たして、私たちは優生思想から自由になれたのか。

 「国に謝罪と補償をして欲しい。障害者にも、子どもを産む権利と、生きる権利がある」

 旧優生保護法のもとで、強制的に不妊手術(優生手術)を受けさせられたとして、宮城県の女性(70)は昨年6月、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。

 申立書によると、女性は知的障害があるとされ、内容を知らされぬまま手術された。16歳の頃だった。その後結婚したが、不妊を理由に離婚された。

 同法は「不良な子孫の出生を防止する」ことなどを目的に、戦後の48年に施行された。都道府県優生保護審査会の決定などを条件に、強制的な不妊手術もできた。厚生省(当時)は「真にやむを得ない限度」において、身体を拘束したり、麻酔薬を使ったりといった手段が許される場合がある、と通知していた。

 厚生労働省によると、本人の同意が必要とされなかった不妊手術は、49年から92年までに計約1万6500件あったという。

 松原洋子・立命館大教授(科学史生命倫理)によると、同法成立の背景には、敗戦後の将来不安と「民族復興」への取り組みがあった。高度経済成長期には、技術革新に即応する優秀な国民を作るため人口政策に「遺伝素質の向上」が盛り込まれもした。「『不良な子孫の出生防止』が公益上必要だという意見は、70年代にも公然と語られていた」

 ■障害者ら抗議の声

 70年前後から、障害者から抗議の声があがり、同法への激しい反対運動が起きる。きっかけは、胎児の障害を理由に中絶を認める優生保護法改正案が国会に提出されたことだった。

 脳性まひの人たちで作る「青い芝」神奈川県連合会は、ビラで訴えた。

 生き方の「幸」「不幸」は、およそ他人の言及すべき性質のものではない筈(はず)です。まして「不良な子孫」と言う名で胎内から抹殺し、しかもそれに「障害者の幸せ」なる大義名分を付ける健全者のエゴイズムは断じて許せないのです。(横田弘著「障害者殺しの思想」から)

 改正案は廃案になり、その後、「優生」は障害者差別、との考えが社会に広まった。松原教授によると、同法の抜本的な見直しを後押ししたのが、94年の国連国際人口開発会議のNGOフォーラムだ。生まれつき骨が折れやすく、車いすを使う安積遊歩(あさかゆうほ)さん(60)が法の廃止を訴え、同法が国際的にも批判された。

 中学生で同法を知った安積さんは、「不良な子孫の出生を防止する」という条文に、「この世の中は、女としても、人間としても、私に存在するな、といっている」と衝撃を受け、自殺未遂を繰り返す一因になった。

 96年、国内外の批判を受け、優生という言葉や本人同意が不要な不妊手術の規定を削除し、優生保護法母体保護法に改正された。同年、安積さんは、自分と同じ体の特徴を持つ娘を出産。「優生保護法がなくなったことで、安心と喜びを感じて出産した」

 国連女子差別撤廃委員会は今年3月、優生保護法で強制的な不妊手術を受けた人への補償などを日本政府に勧告。ドイツやスウェーデンは同様の不妊手術を受けさせられた人に補償するが、厚労省は「当時の法に反し優生手術が行われていたとの情報を承知していない中での賠償等は難しい」としている。

 法改正から20年。今なお残る根強い偏見が顔をのぞかせる。相模原市の事件後、ネットには、容疑者の言葉への共感が書き込まれた。東京都に住む脳性まひの男性(33)は、「障害者はいない方がいいという考えはこの世の中にあふれていて、今回の事件と根っこは共通だと思います」と打ち明ける。

 ■出生前診断、悩む親

 出産前に障害の有無を調べる出生前診断の技術も高度化する。支援の仕組みが不十分な中で障害のある子を産み育てられるのか、診断を受けるべきかと、悩む親は少なくない。

 白井千晶・静岡大教授(家族社会学)は「新しい技術は国境を越えて入ってくるのに、日本社会として出生前診断を受け入れるかどうか、そもそもの議論が進まない」と話す。背景には、日本では「親なら我が子はかわいいはず」と模範的な親像を求める意識が強く、障害児の出産・子育てをめぐる悩みを口に出すことすらためらわれる社会の雰囲気があると指摘する。「結果的に、親がすべての責任を引き受けて、重すぎる決断を迫られているのです」

 障害があり、女性運動もしてきた東京都の米津知子さん(67)は、「障害者は不幸で価値が低く、社会の負担とみる優生思想は根深く、みんなが吸収して育つ。それに疑問を感じて見なおすか否かは、障害のある人と身近に接した経験があるか、障害がある側の思いを想像できるかどうかで分かれます」と語る。

 「大切なのは、障害のある人とない人が知り合うこと。そして『健康な子を産みなさい』という女性への圧力を減らし、障害についての偏見のない情報と支援を社会に行き渡らせることです」

 (長富由希子、高重治香)
    −−「相模原事件が投げかけるもの:下 「優生」消えても、残る偏見」、『朝日新聞』2016年08月26日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12528450.html





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