覚え書:「売れてる本 罪の声 [著]塩田武士 [文]武田砂鉄(ライター)」、『朝日新聞』2016年12月04日(日)付。

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売れてる本
罪の声 [著]塩田武士
[文]武田砂鉄(ライター)  [掲載]2016年12月04日
 
■15年温めた「グリ森」への思い

 昭和最大の未解決事件「グリコ・森永事件」をモデルにした小説だと聞き、既に検証本や番組がいくらでも積もった題材に改めて首を突っ込んでいくリスクを感じつつ読み始めたのだが、そんな懸念はたちまち霧消する。元新聞記者の著者が15年以上も温め、膨大な資料収集や取材を繰り返したことで、小説の中に粒子のように史実が敷き詰められ、生々しい描写が続く。
 発生から31年経った「ギン萬事件」を追うことになったのは、未解決事件の特集記事を無茶(むちゃ)ぶりされた大日新聞文化部記者の阿久津英士。そして、父の遺品の中からカセットテープを見つけ、そのテープから聞こえた「きょうとへむかって、いちごうせんを……」との男児の声を「これは、自分の声だ」と気付いた曽根俊也。
 菓子メーカーの社長を誘拐、毒入り菓子を撒(ま)き、恐喝、マスコミを嘲笑……犯人を捕らえられぬまま時効を迎えた事件の輪郭を描こうと、愚直に奔走する。
 突き止めた情報の断片と断片がスムーズに合わさる場面のいくつかは、さすがに出来過ぎではある。しかし、調べ上げた事実に、書き手の頭の中に浮かんだ類推を擦(こす)り合わせ、その拮抗(きっこう)で生じた摩擦熱をあくまでも小説として引き受ける覚悟が強みにもなっている。結果として、あの未解決事件の真像を表出させているのでは、との錯覚を引き出す。阿久津と曽根、双方の取材が絡み合った時、その焦点として「キツネ目の男」が現れる。
 「グリコ・森永事件」では実際に子どもの声が恐喝テープに使われた。著者にとって「グリ森」は、「子どもを巻き込んだ事件」だった。そこには、自らの声によって翻弄(ほんろう)された人生があったのではないか……筆者の眼差(まなざ)しが、小説の体温を高め続ける。
 連載時には「最果ての碑」とのタイトルだった本書。読後、二つのタイトルを並べてみると、事件に揺さぶられた人々の現在が眼前に迫る。10万部を突破した本書の読者の中に、“彼”は含まれているのだろうか。
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 講談社・1782円=8刷11万部
 16年8月刊行。最初は事件を知る中高年に読まれ、若い世代にも広がった。担当編集者は「子どもの存在に着目し、今につながる作品になった」。
    −−「売れてる本 罪の声 [著]塩田武士 [文]武田砂鉄(ライター)」、『朝日新聞』2016年12月04日(日)付。

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罪の声
罪の声
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