覚え書:「インタビュー IT、30年後の未来 米雑誌『ワイアード』創刊編集長、ケヴィン・ケリーさん」、『朝日新聞』2016年09月02日(金)付。

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インタビュー IT、30年後の未来 米雑誌「ワイアード」創刊編集長、ケヴィン・ケリーさん
2016年9月2日

「30年後のニュース? 今のテキスト中心のものから、VRを含む動画中心へと移行していくでしょう」=山本和生撮影
写真・図版
 人工知能(AI)や仮想現実(VR)――進化の速度を上げる先端テクノロジーは、私たちをSFの世界に連れて行きそうだ。米シリコンバレーからITの最前線を30年以上見続ける編集者、ケヴィン・ケリーさんは「この変化はまだ始まったばかりだ」と語る。その目に、30年後の未来はどう見えるのか。

 ――スティーブン・スピルバーグ監督がSF映画「マイノリティ・リポート」(2002年公開)をつくる時、舞台となった2054年の社会を予測するため、専門家の一人として呼ばれたそうですね。

 「監督は、未来の人々が朝食に何を食べ、どんな音楽をかけているか、具体的な暮らしを知りたがっていました。でも、私は『未来の風景は見た目ではほとんど変わりませんよ』と話したんです」

 「変わるのは風景ではありません。未来社会では、AIがビルや自動車の中などいたるところで動いています。また、あらゆるものに半導体チップが埋め込まれ、ネットにつながっている。特殊なメガネを通せば、デジタル情報が現実の世界に投影され、二重写しで見えるでしょう。しかし、その風景を外から見ると、今と大して変わりがないんです」

 「結局、これは採用されず、代わりに全身を使ってダンスのようにコンピューターを操作するアイデアが採用されました」

 ――1980年代から、シリコンバレーを拠点に一貫してITに最前線で関わり、90年代にはテクノロジー雑誌「ワイアード」の創刊編集長も務めました。この30年はどう変わり、予測できたこと、できなかったことはなんでしょうか。

 「最も大きな変化は、情報の分散化です。企業などの組織も、ビジネスも、中心を持つ階層構造から、よりフラットで、分散するものになっていきました。その背後にあるのが、中心構造を持たないインターネットの広がりです」

 「予測通りになったのは、まずネット上で、すべてが無料に近づいていくという流れ。そして、あらゆるものがネットでつながるというモノのインターネット(IoT)の広がりです」

 「見通せなかったのがグーグルやウィキペディアの成功です。ネットを通じて、人々は大規模に協力や協働ができるようになった。両者の成功のカギは、それをうまくサービスに取り込んだ点です。でも当初、そんなことが可能だとはとても思えませんでした」

 ――AIやVRなど最先端のテクノロジーの新潮流から、2050年を見通した新著「〈インターネット〉の次に来るもの――未来を決める12の法則」が、中国や米国で注目を集め、日本でも7月末に出版されました。

 「この30年間を見渡して、その予測可能な方向性をたどることで、30年後がどうなるかを、12のテクノロジーの潮流としてまとめてみたんです」

 「この数年、AIなどの大きなテクノロジーの変化が一斉に起きています。様々な波が重なり合って大波になったようなものです。そして、テクノロジーの進化には、一定の予測可能な方向性があります。電気の発明が電話を生み、電話の先にインターネットが生み出されたように。その潮流を理解し、受け入れることで、最大限の恩恵を手にできます」

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 ――新著でも取り上げたAIの広がりという潮流は、30年後にどうつながっていきますか。

 「12の潮流の中で最も影響が大きいのが、AIによってモノに知能が加わることです。AI自体は60年も前から研究されてきたテクノロジーです。だがこの数年で、学習機能が進歩し、安価な演算処理装置やビッグデータが登場したことで、急速に進化しました。私はAIが、次の産業革命を生み出すだろうと思っています」

 「かつての産業革命を実現させたのは、化石燃料や蒸気、電気を使った“人工動力”です。これにより、1馬力に満たない人や動物の筋力に頼っていた生産性を、250馬力のエンジンへと飛躍的に高めることができた。さらに電力は、送電網の整備で家庭、農場、工場へと届き、日常的な公共サービスになりました」

 「そのエンジンにAIを搭載し、知能を加えることで、自動運転車になります。そしてAIもネットを通じて供給され、コンセントにさせば必要な分だけ安価に使える、公共サービスのようになるでしょう。今後立ち上がってくるはずの多数のベンチャー企業の方程式は極めてシンプルです。『X+AI』。Xはおもちゃでも何でも構わない。今ある製品やサービスに、AIで知能を加えて、より良いものにするだけです」

 ――VRはどうなりますか。

 「VRも重要な潮流の一つで、やはり以前からあるテクノロジーです。専用ゴーグルを装着することで、別世界にいる感覚になれる。これだけ普及したのは、画面として安価なスマートフォンを取り入れたからです。VRが実現するのは、知識や情報のインターネットから、体験のインターネットへの移行です。知るのではなく、感じ、体験するんです」

 「人気のスマホゲーム『ポケモンGO』は、VRに似た、現実の中にデジタル情報を映し出す拡張現実(AR)を使っています。私もレベル5になりました。多くの可能性が想像できますね」

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 ――メディアのあり方にも変化はありますか。

 「情報が流動化していく、という潮流もあります。情報はこれまで、固定的なページの上に掲載されてきました。だが今や、フェイスブックツイッターの上を“流れる”ものです。それに伴って、評価の指標も変わっています。ページなら、何回見られたかが指標でした。しかし、ソーシャルメディアを流れる情報は、それでは測れない。共有数やコメント数といった、読者との関係を重視した指標へと移行しています」

 「モノとしての製品をその都度買い替えるのではなく、その中のソフトが繰り返し新しいものに更新される。そのような、モノからサービスへという流動化も、さらに進んでいくと思います」

 ――AIが人間に取って代わるのでは、という懸念もあります。

 「グーグルの傘下企業が開発したAI『アルファ碁』は、世界最強棋士の一人を打ち負かしました。ただ、機械の優位を言うなら、すでに電卓は計算で人間に勝っている。AIの特徴は、発想が“人間らしくない”点です。多様なAIの知性を組み合わせることで、人間が新しい発想をする手助けになるんです」

 「20年ほど前、IBMのAI『ディープブルー』がチェスの世界王者、ガルリ・カスパロフさんを破りました。カスパロフさんはその後、人間とAIがチームを組む『ケンタウロス(半人半馬)』というチェスのスタイルを生み出します。今や最強のプレーヤーは『ケンタウロス』です。人間とAIは、競争ではなく、協働が重要なんです。AIやロボットといかにうまく協働できるかで、未来の給料も決まるでしょう」

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 ――2045年頃にコンピューターが人類の知能を上回る「シンギュラリティ(技術的特異点)」が来るという考え方もありますね。

 「私は懐疑的です。技術的に不可能だと思う。むしろ、地球規模で人間の知能とAIとが結びつく未来が訪れると思っています」

 「確かに、テクノロジーの変化のスピードは、人間の変化を上回っています。今や私たちは、選びきれないほどの選択肢を手にしている。ただ、それを効率的に選ぶ手助けとなるのもテクノロジーです。新しいテクノロジーは様々な問題を引き起こしますが、さらに新しいテクノロジーが解決する。テクノロジーによる利益と不利益を比べると、少しだけ利益が勝り、世の中は良くなってきました」

 「そして、誰でも新しいことを学べます。89歳の私の母親は、携帯電話もコンピューターも使います」

 ――未来の社会で、人間の方が秀でた分野とは何でしょう。

 「体験をつくり出すことは、AIやロボットは苦手です。コンサート、レストラン、看護、ベビーシッター、旅行ガイドなど、実体験にかかわる分野では、多くの人間の雇用が確保されるでしょう」

 「問いかけることも、人間にしかできません。ありきたりの答えなら、機械が即座に出す。重要なのは回答より質問です。『もしこうだったら』と新たな枠組みを提示できるような問いこそが、イノベーションや創造性の足場になる。そこに人間の価値があります」

 ――未来に向けて、私たちは何ができるでしょうか。

 「不可能を可能だと信じてみることです。かつて不可能と思われたテクノロジーも、次々に実現しています。我々は、変化のほんの始まりにいる。未来を席巻するテクノロジーは、今はまだ発明もされておらず、とても多くのチャンスが残っているはずです。30年後から今を振り返ると、『2016年に生きていたら』とうらやむでしょう。つまり何かを始めるのに、今は決して遅くはないのです」

 (聞き手・平和博)

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 Kevin Kelly 1952年米国生まれ。著述家、編集者。著書に「テクニウム」「ニューエコノミー勝者の条件」「『複雑系』を超えて」。

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