覚え書:「世界発2016 パキスタン伝統楽器、闘うジャズ NYの楽団と共演、映画に」、『朝日新聞』2016年09月19日(月)付。

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世界発2016 パキスタン伝統楽器、闘うジャズ NYの楽団と共演、映画に
2016年9月19日
 
ニューヨークのジャズ・オーケストラ(奥)と、伝統楽器との掛け合いで観客を沸かせたタブラ奏者のバッルー・ハーン氏(中央)ら=2013年11月、映画配給会社サンリス提供
 
 伝統楽器でジャズを奏でるパキスタンの楽団が世界の音楽ファンの支持を集めている。ほとばしる即興の妙味に加え、聴く者を引きつけるのは、音楽家を攻撃するイスラム過激派に屈しない姿だ。その奮闘を描くドキュメンタリー映画の上映が日本でも始まった。

 2013年11月、米ニューヨーク。ジャズの殿堂「リンカーン・センター」に、白い民族衣装を身にまとった楽団「サッチャル・ジャズ・アンサンブル」が招き入れられた。曲目は名作「テイク・ファイブ」。静まりかえった劇場に、古典弦楽器「シタール」の幻想的な音色が響くと、歓声が沸き上がった。印象的な映画の一場面だ。

 木や革を使った伝統楽器の調べは柔らか。指先や手のひらで拍子を刻む太鼓「タブラ」や、伸びやかな竹笛「バーンスリー」も生かした演奏風景は、この公演に先立つ11年に、動画サイトで100万アクセスを超えた。

 原曲のピアノ奏者デイブ・ブルーベックは「他に類のない演奏」とたたえ、英BBCが「パキスタン流のひねりにジャズ界が熱狂」と報道。収録アルバムは音楽配信のiTunesで米・英・カナダのアルバムチャート1位を飾った。

 楽団が生まれたのはパキスタン東部ラホール。インド亜大陸の「芸術の都」として栄えたが、1980年代の軍事独裁下で歌や映画など芸術活動への締め付けが強まった。政権安定のため、軍政が娯楽を嫌悪するイスラム保守勢力に近づいたことが背景にあった。

 00年代に入ると、「音楽はイスラムに反する」と主張する過激派が台頭した。地元メディアの集計では、00年以降の約10年間で国内のCDショップ約90店が襲撃され、歌手ら14人が殺された。今年6月にも「神への冒涜(ぼうとく)」を理由に国民的歌手が過激派に射殺された。

 芸術が脅かされる現実に屈せず、閉塞(へいそく)した音楽界に風を吹き込んだのが楽団だ。町に残る音楽家が約10年前、ジャズ愛好家の実業家イッザト・マジード氏(66)の呼びかけで集まった。拠点はラホールの車修理工場の脇のスタジオ。最初の数年間は国内で民族音楽を発表したが手応えがなかった。08年ごろに目線を変え、海外の音楽通に向けてジャズの発信を始めた。

 リンカーン・センターでの公演後、インドやフランス、アラブ首長国連邦などから出演依頼が相次ぎ、欧米のテレビ局が取材に押し寄せた。人気が逆流する形で国内公演も始まった。大きな演奏会が開きにくい治安状況は続いているが、箱形オルガン「ハルモニウム」の演奏家で指揮者のニジャート・アリー氏(43)は「楽団は死にかけた伝統楽器を復活させ、若い演奏家をスカウトして育てる場にもなっている」と語る。

 楽団創設者のマジード氏は言う。「数千年の伝統を受け継ぎながら、新しい音を作り出していくだけだ。音楽はどこにも行かないよ」(ラホール=乗京真知)

 

 ■失われた文化取り戻す苦悩、伝える チナーイ監督

 映画「ソング・オブ・ラホール」は全国で順次公開されている(上映情報はhttp://senlis.co.jp/song-of-lahore/別ウインドウで開きます)。初めて触れるジャズに戸惑いながらも、生き残りをかけて腕一本で聴衆をひき付けていく姿を追った。

 監督は、女性への暴力や差別などをテーマにアカデミー賞(短編ドキュメンタリー賞)を2度受賞したパキスタン人のシャルミーン・ウベード・チナーイさん(37)。作品への思いを聞いた。

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 ――楽団を映画の題材に選んだ理由は。

 11年ごろ、演奏を聴いて衝撃を受けました。街中に音楽があふれていた時代を想起させ、失われた文化を取り戻そうとする楽団の苦悩を、若い世代に伝えたいと思いました。

 ――撮影の苦労は。

 この数十年で音楽家の多くは転職や、夜の街での踊りの演奏でしのいできました。収入は減り、さげすまれ、後継ぎを失いました。こんな課題を話してもらうのに時間がかかりました。

 ――社会問題の告発は、権力や過激派に不都合です。危険を感じませんか。

 私は14歳から大学に入るまで、いじめや役所の不正などの告発記事を地元紙に書いてきました。社会には警鐘を鳴らす変革者が必要です。多くは殺されてきましたし、私も狙われるかもしれませんが、声を上げ続けたいと思います。
    −−「世界発2016 パキスタン伝統楽器、闘うジャズ NYの楽団と共演、映画に」、『朝日新聞』2016年09月19日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12566710.html





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