覚え書:「インタビュー 農協、改革できますか 全国農業協同組合中央会会長・奥野長衛さん」、『朝日新聞』2016年09月27日(火)付。

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インタビュー 農協、改革できますか 全国農業協同組合中央会会長・奥野長衛さん
2016年9月27日

「国内の市場が小さくなるなら、輸出に打って出るしかない。援軍の来ない籠城(ろうじょう)戦は負けるもの」=仙波理撮影
 
 金融部門の利益に支えられ、葬式や介護も手がける農協。安倍政権は「農業に専念を」と問題視し、「予断なく見直す」と次々に改革を迫る。各地の農協のとりまとめ役、全国農業協同組合中央会(全中)会長の奥野長衛さんは、自他ともに認める「改革派」としてどこまで足並みをそろえるのか。農協改革、本当にできますか。

 ――「改革派」という自負は、いまも強く持っていますか。

 「僕の人生そのものが、改革だから。変えないかん、変えないかん、と。そればっかりしてきた」

 ――政権の改革方針に納得していなかった前会長が任期途中で辞任、10年ぶりとなった昨夏の会長選で当選しました。「一番上は農業者になるような組織にしたい。従来のトップダウン方式はだめ」との抱負、実現できていますか。

 「そこまでは、まだできていない。任期は残りあと1年弱、地域の農協などと全中が自由に意見交換できる体制はつくりたい。上が決めて命令しても、ろくなことない。課題の答えは現場にある」

 ――政権は、地域農協に自立や工夫を促して専業農家の支援に力を入れるよう、求めています。農協改革の第1弾は、全中の監査・指導権の廃止でした。

 「4月に、全中の約40人の管理職がそれぞれ2〜3の県を担当する制度をつくった。政府は毎年出すコメの生産数量目標を2018年産から廃止するが、農家の不安の声を丁寧に聞くなどしている。金融、保険部門は事務を効率化し、農業部門に人を回している」

 ――他に、取り組みは。

 「全国の農協組合員を東京の日比谷野外音楽堂などに数千人集めて、むしろ旗をたててこぶしをつきあげる反対集会も、やめている。TPP(環太平洋経済連携協定)や貿易交渉などの議論がおきると、以前は必ず開いていた」

 ――「農協は政治運動ではないし、宗教でもない。事業だ」との持論に基づく方針ですか。

 「反対集会は、過去に政府がコメを買い上げる制度をとっていたころ、価格引き上げを求めてデモなどをした米価闘争を引きずっている。しかし、国民の共感は得られないし、どれだけ効果があるのか、と。対決型から対話型に変えていく。一方で、みなで意思を結集することは必要なので、農協の置かれた立場と進む道を確認するシンポジウムは、1千人くらいを集めて、いずれ開きたい」

    ■     ■

 ――農協改革の旗振り役である自民党農林部会長の小泉進次郎さんはいま35歳ですが、「改革派」どうし、息が合いますか。

 「最初に『農業は間口が広く奥行きも深いので、覚悟してください』と言った。いろんなしがらみはあるはずだが、愚痴はこぼさない人。性根がすわっておられる。小泉家の血でしょうか。改革の熱意は買っているが、性急すぎるところがある。『巨大な組織なので、ぱぱっ、とは変わりませんよ』とも言っている」

 ――奥野さん自身の改革の原点は、どこに。

 「大学生のとき、立て看板をみて生協に加入して。2年生で組織部長も務め、大学を中退してそのまま生協に就職した。組合員のニーズはどこにあるのか、常に考えていた。大学で学んだドラッカーの影響もあると思う。事業のあり方は顧客のニーズで決まること、組織はシンプルにしたほうが強くなること、個人を大事にすることなどは、常に意識している」

 ――28歳で継いだ実家の農家でも、改革を重ねたのでしたね。

 「コメだけでは不安定と思い、ダイコンをたくあんにして売ろうと借金もして兵庫県に出店した。30歳ごろです。消費者のニーズを考え、あっさりして子どもも喜ぶもの、減塩タイプも売り出した。コメにこだわる父とは、相当、議論した。地元のJA伊勢でも肥料や農薬の販売は配達をやめ、店頭での販売に切り替えて安くした。無人ヘリコプターでの農薬散布も始めた。失敗もしたけれど」

 ――でも、奥野さんのお子さんは、農家を継いでいないとか。

 「長男は技術者としてロボットをつくり、長女は大学の事務で働いている。長男が、孫に農業を継がせるかを相談にきたときには、『農業が好きか。嫌いな仕事を親が押しつけたらだめだ。大学で経済学を学ぶくらいでないと、経営できない』と言った。一回きりの人生、家に縛りつけたくない」

 ――農業は、経営だと。

 「米国では、作物の価格変動のリスクを減らすために、先物取引などの対策をする農家も珍しくない。資金繰りや流通への販売交渉も担い、経営の素養がかなり求められている。農業は、肉体労働から知的労働の時代に入っている」

    ■     ■

 ――今秋の農協改革の焦点は、全国農業協同組合連合会(全農)が扱う肥料など農業用資材の価格の引き下げです。韓国と比べて割高と指摘されています。今月8日には、JAグループが扱う約1万の肥料の品目を減らすことなどで、コストを下げることを目玉にした方針を発表しました。なぜ、これまでできなかったのですか。

 「できるだけ他の地域と差別化したいと、農家が肥料にも細かく出していた要求に、応えすぎていた。しかも、改革は進めていくと、痛みがかなり出る。工場が集約されれば、雇用にも影響する。卸売市場を通さずに野菜を出荷する量を増やして、農家の手取りを増やすことも考えているが、市場の仕事が減ることにつながり、大勢の人の生活にも影響が出る。死ぬ気で、取り組まないと」

 ――これが、奥野さんの掲げた「改革を超える改新」ですか。

 「改新、とまでは言えません。就任直後は3年に一度の農協大会、TPPの大筋合意やその対策づくりに追われた。でも、全農が今回、身を切る改革に乗り出した。損失が出てくる可能性もあるが、グループで支えていこうと話し合った。志は変わっていない」

 ――気持ちはなえませんか。

 「それはない。案外、鈍感だから。会長選に出るとき、何も得るものはないと地元では大反対された。考え抜いた。あのときの覚悟に比べたら、大したことない」

 ――農協は金融と保険部門が経営を支えています。そこに甘えてはいませんか。

 「金融はマイナス金利政策で運用が厳しく、保険は少子高齢化で新規加入が減っている。フィンテック(ITを駆使した金融サービス)が進化すれば、大手の銀行でさえ旧来型のビジネスモデルが崩れ、どうなるかわからない。1990年代半ば、グループが出資していた住宅金融専門会社が破綻(はたん)したときは、『農協がつぶれる』と窓口にきた組合員もいた。100兆円の預金が一晩で消えることもある世界。組合員の信用を、最も大事にしたい。我々も、赤字の農業部門の収支をせめてトントンにしていく改革は、避けられない」

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 ――60年前に1万2千あった地域農協はいま660を切り、組合員は農家ではない人が半分以上です。この先、金融や生活関連事業の見直しも焦点です。

 「高度成長期までは、地域のほとんどが家族で農業にかかわっていた。ただ、国の産業構造が変わって農家が減り、相対的に葬式、介護、病院など生活系のニーズが増えていった。地域の人から、本当に必要と声がある事業は、認めてほしい。時代の要請がある」

 ――農協が、お葬式まで手がける必要があるのでしょうか。

 「業者が運営する四国の葬祭場で義父の葬式をやったら、会計が不透明で驚いた。地元のJA伊勢では7年ほど前に葬祭ホールをつくり、いま三つある。最初に提示した金額を守る明朗会計にして地域の人にも喜ばれているが、『なぜ農協が手をだすのか』との声は、業者からきているようだ」

 ――政府は農家以外の組合員の金融や生活サービスの利用状況を2021年3月末までに調査し、制限するかどうかを決めます。

 「組織は世の中に合わせて常に変わっていかないと、絶対にもたない。地域の支持があってこそ、農業も支えられる」

 ――たとえば、どんな案が?

 「生協や労働者福祉協議会などと連携して、事業を任せられないか。生協の宅配制度はすごい。たとえば農協のスーパー事業を生協に移管する、とか。『JAグループを守る、守る』と言っても、かえって守れない。逆の発想です」

 ――農家のための農協へ、と。

 「農業の緊急の課題は、後継者を確保すること。農協という名前がついている以上、この役割を果たしていく。JA伊勢では、農業をめざす人に2年間教える子会社とあわせ、農家の作業を代わって担うパッケージセンターをつくった。青ネギの生産で、30歳近い人なら収入は年に700万円ほど。なかなか志望者は集まらないが、こうした取り組みに、JAグループとして力を入れていきたい」

 ――私は、政権が進める農協改革の方向性は間違っていないと思います。奥野さんが譲れないところは、どこですか。

 「全農や農林中央金庫の株式会社化は、受け入れられない。株式会社はカネ(株)をたくさんもつ人に決定権があり、他の企業に買収されたり、不採算事業をすぐ切ったり、日本の食料や農業政策のためにならないことが出てくる。金融、保険部門の分離も認められない。資金がないと、農家や住民に必要な事業もできなくなる」

 (聞き手・編集委員 小山田研慈)

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 おくのちょうえ 1947年生まれ。関西大法学部を中退後、生協職員をへて三重県の実家の農業を継ぐ。JA伊勢代表理事会長、JA三重中央会会長でもある。
    −−「インタビュー 農協、改革できますか 全国農業協同組合中央会会長・奥野長衛さん」、『朝日新聞』2016年09月27日(火)付。

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