覚え書:「書評:昭和演歌の歴史 菊池清麿 著」、『東京新聞』2017年01月29日(日)付。

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昭和演歌の歴史 菊池清麿 著

2017年1月29日

◆楽曲、歌唱法の特性に焦点
[評者]井口時男=文芸評論家
 「昭和演歌」といっても、街頭の演歌師たちが手作りの歌をバイオリンの単純な旋律に載せて歌った本来の意味での演歌は、実は大正時代でいったん終わっている。今日使われる「演歌」という言葉は、おおよそ一九七〇年前後から、フォークやロックやニューミュージックといった新しい音楽が台頭する中で、あらためて、そういった主に若者向け音楽ジャンルと区別して使われ出したものだ。
 そもそも昭和は、トーキー映画のために演歌師たちが無声映画の楽士の職を失い、演歌とは似ても似つかぬジャズが流行し、プロの作詞家作曲家の作った歌を声楽教育を受けたプロ歌手がレコードに吹き込む時代として始まったのである。NHKは「流行(はや)り歌」に代えて「歌謡曲」という言葉を使い始めた。自然発生的な「巷(ちまた)の流行り歌」だった演歌が凋落(ちょうらく)し、「商品」としての「歌謡曲」が流行を作り出す時代、それが昭和である。
 それでも、演歌の「ヨナ抜き音階」の旋律や「こぶし」をきかせた歌唱法には浪曲も民謡も俗曲も流れ込んでいる。伝統を踏まえた「演歌的なもの」は簡単には死なないのだ。
 著者はまず、昭和七年に三十一歳で亡くなってしまうかつての人気演歌師・鳥取春陽(「籠の鳥」の作曲者)と、流浪の楽士としての長い不遇の後に「裏町人生」を作曲する阿部武雄に多くの紙幅を割く。大正から昭和へと演歌の心を継承した二人である。
 以後、戦争の時代から戦後復興、高度成長を経てバブル期まで、多くの作詞家、作曲家、歌手たちの興味深いエピソードを随所に織り込みながら「昭和演歌」の変遷をたどって、最後は昭和の戦後とともに歩んだ「演歌の女王美空ひばりで締めくくる。
 歌詞分析で世相を語るのでなく、楽曲や歌唱法の特性に焦点を当てているのが特徴だ。巻末には明治元年から昭和六十三年までの詳細な「日本演歌史年譜」も付いていて貴重である。
 (アルファベータブックス ・ 4104円) 
<きくち・きよまろ> 1960年生まれ。音楽評論家。著書『日本流行歌変遷史』など。
◆もう1冊 
 添田唖〓坊(あぜんぼう)・添田知道著作集(4)『演歌の明治大正史』(刀水書房)。風刺で庶民の心を表現した、明治大正期の演歌の世相史を解読。
※〓は、虫へんに單
    −−「書評:昭和演歌の歴史 菊池清麿 著」、『東京新聞』2017年01月29日(日)付。

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