覚え書:「ノーノー・ボーイ [著]ジョン・オカダ [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2017年01月29日(日)付。

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ノーノー・ボーイ [著]ジョン・オカダ
[評者]立野純二(本社論説主幹代理)  [掲載]2017年01月29日   [ジャンル]文芸 

■少数派へ絶望的な踏み絵の問い

 見えない少数派。米国でアジア系移民は、そう呼ばれることがある。
 行儀がよく、勤勉実直。裏返せば従順で、自己主張しない。黒人、ユダヤ人、南米系とは異質な存在だ。
 とりわけ日系人は、社会に静かに溶け込んでいる。高学歴の専門職が多く、白人との結婚も珍しくない。
 背景にあるのは、強制収容の歴史である。真珠湾攻撃を機に、10万を超す日系人が「敵性」人種とされ、自由も誇りも奪われた。
 以来、民族の色よりも、社会と同化する保護色を心がけた。自分は一体誰なのか、と心の中で自問を繰り返しながら。
 米国に忠誠を誓うか。米国の兵役に就くか。収容当時、米政府による踏み絵の問いに抗した若者は、ノーノー・ボーイと呼ばれた。
 日本人でも、米国人でもない。絶望的な自己喪失から再出発した戦後日系人の精神には、悲しくも強靱(きょうじん)な理想の渇望が宿っている。
 もし人種も国籍もなければ。戦い、殺し、憎しみあう世界でなければ。本書に描かれる主人公イチローや友人ケンジらの激しい苦悶(くもん)は時を超えて重く響く。
 初版は1957年だが、アジア系米国文学の代表作の一つと評されるのは70年代後半から。対日戦争に従軍した経歴をもつ著者は、脚光を浴びることなく71年に47歳で早世した。
 日本でもひそやかに読み継がれた作品が今、熟練ジャーナリストの新訳で再び世に出ることは、実に時宜にかなっている。
 世界でも日本でも、少数派に寒風吹きすさぶ昨今。トランプ大統領の選挙を支えた幹部はテレビ番組で、イスラム教徒の登録制を提唱し、その例として公然と日系人収容を挙げた。
 国、民族、宗教、世代、性……。人間は意識の中で自分の居場所をどう形づくっているのか。そして、自分と違う誰かを位置づける座標軸は、信頼と警戒心のどちらに傾いているか。
 絶えることなく、わが胸に問いたい名作である。
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 John Okada 1923〜71年。米シアトル生まれ。日米開戦後の42年に収容後、米軍に志願して太平洋戦線へ。
    −−「ノーノー・ボーイ [著]ジョン・オカダ [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2017年01月29日(日)付。

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