覚え書:「天声人語 記者は去り記事は残る」、『朝日新聞』2016年10月16日(日)付。

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天声人語 記者は去り記事は残る
2016年10月16日

 解散したSEALDs(シールズ)の中心メンバー奥田愛基(あき)さんは中1でいじめに遭った。中2の秋、本紙朝刊に載った「いじめられている君へ」というコラムを読んで転校を決意する。劇作家鴻上尚史(こうかみしょうじ)さんが寄せた一文に心を動かされた▼「死なないで逃げて逃げて」。いじめに悩む生徒に「南の島」へ逃げる道もあると説いた。島名は伏せられていたが、奥田さんは「南の島」「不登校」などとネットに打ち込み、鴻上さんの訪ねた沖縄・鳩間島(はとまじま)を見つけ出す。北九州から転校し、立ち直るきっかけをつかんだ▼鴻上さんが寄稿したのは、高校の同級生である本紙の山上浩二郎記者に頼まれたからだった。山上記者は筆者の職場の先輩でもある。骨があって労をいとわず、新聞をこよなく愛する記者だった▼もしあの時、山上記者が鴻上さんに寄稿を頼まなかったら、と想像をめぐらせた。奥田さんの不登校は続き、大学へは進まなかったかもしれない。そうなればSEALDsは結成されず、「立憲主義って何だ」と訴えるデモのうねりも生じなかったのではないだろうか▼山上記者は4年前、53歳の若さで病死した。教育記事や社説、闘病記の連載のほか、記者としての思いを詠んだ短歌が残された。〈編集の会議終りし日暮れ時ビル抱くやうに虹高く立つ〉〈四月より被災地に行く後輩を送る会にて無事祈るのみ〉▼〈記者となり四半世紀すでにたち完璧なる記事未だにあらず〉。新聞週間の初めに、遺作を手に取り、黙って読み直した。
    −−「天声人語 記者は去り記事は残る」、『朝日新聞』2016年10月16日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12610212.html





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