覚え書:「耕論 新幹線の売り込み方 辻村功さん、阿達雅志さん、堀本幹夫さん」、『朝日新聞』2016年10月19日(水)付。

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耕論 新幹線の売り込み方 辻村功さん、阿達雅志さん、堀本幹夫さん
2016年10月19日

海外の高速鉄道計画と日本のかかわり<グラフィック・上村伸也>

 インフラ輸出は、安倍政権の成長戦略の柱の一つ。しかしその目玉にしたい新幹線の輸出は、中国など競合も多くハードルは高い。日本が誇る「世界初」が、海外で根付くには。

 ■現地に合わせる努力必要 辻村功さん(鉄道コンサルタント)

 インドのムンバイで昨年から、地下鉄の車両コンサルタントをしています。当地では、国鉄の電車は扉を開けたまま走ります。混雑が激しく扉が閉じるのを確認していると定時運行できないからで、転落は自己責任です。こうした運用や常識の違いに接すると、鉄道は土着性の高い交通機関だと痛感します。

 日印首脳は昨年末、日本の新幹線システムを採用した高速鉄道を、ムンバイとアーメダバードを結ぶ約500キロに建設する覚書に調印しました。日本にいる多くの方は「日本の新幹線がそのままインドを走る」と思うかもしれませんが、私は懐疑的です。鉄道を海外へ輸出するなら、「現地に合わせる努力」が欠かせません。

 海外の鉄道関係者を新幹線に案内すると、乗客の死亡事故が開業以来ほぼないという安全性、そして平均の遅れが1分以内という定時性に、だれもが賛嘆します。でも、本音は「遅れは10分まで許すから、もっと安くして」です。新幹線が達成している高度な安全性や定時性は、新興国では過剰品質なのです。

 日本の鉄道関連企業は優れた技術を数多く持ち、客の要望にこまめに対応できる力は随一です。製品の根幹をなす要素技術を分解し、「この技術を外せば、ここまで安くなる」と論理的に示して買ってもらう必要がある。日本の新幹線を丸ごと輸出して成功できるのは、コストや在来線との関係を考えれば、世界でも米国など数カ所しかないと思います。

 システムとして絶対に譲れない部分は徹底的に議論して、日本流を通すべきです。今回は覚書で、在来線と隔てられた専用の軌道を走ることで安全性を確保する日本の新幹線システムの肝は担保されているようですから、線路やトンネルの仕様などは、思い切って現地化すべきです。

 インドでは、最初の成功例をバイブルのように扱います。デリーのメトロは2002年の開通時期が珍しく遅れなかったため、「インドの奇跡」と呼ばれ、私の仕事でも「デリーと同じ仕様」と言えば即採用となります。今回の計画が成功とみなされれば、他に具体化している三つの高速鉄道計画にも新幹線方式が採用される可能性は高くなる。知恵の絞りどころです。

 また、官民が一体となり、鉄道事業者やメーカーから技術者を選び、鉄道システム全体に理解の深い日本人の鉄道コンサルタントを育成することも急務です。新興国では、新路線が計画されると多国籍のコンサルタント集団が組織され、発注者の利益代表として技術仕様や入札資格を決めます。でも、欧米人が中心で日本人はほとんどいない。これでは、日本に有利な条件が出てくるはずがありません。(聞き手・畑川剛毅)

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 つじむらいさお 1956年生まれ。日独の鉄道車両関連メーカーに32年間勤務。著書に「鉄道メカニズム探究」。インド在住。

 ■発展見越し、丸ごと導入を 阿達雅志さん(参議院議員自民党外交部会長)

 日本の新幹線は、高速鉄道の先駆けで、世界のどこにもない最高のインフラです。時速300キロの車両が3分間隔で走り、一度も重大な事故がない。さらには走行性能や安全性、正面衝突が起きないしくみやメンテナンス、清掃も含みます。

 正直言って、オーバースペックだととらえる国が多いようです。専用の線路を走る日本の新幹線のシステムは、既存の線路や駅などを活用する欧州の方式に比べて一見、当初の費用が多くかかるように見えることもあります。

 しかし、100万人単位の都市が高速鉄道で結ばれると、それまで想像もできなかった経済発展や社会の変革がもたらされます。日本の新幹線が実証する通り、大幅な旅客の増加も見込めるのです。

 新幹線の価値は、こうした発展も見越してトータルなシステムを先行導入することにあると思います。運輸相も務めた義父の佐藤信二も実現に尽力した台湾新幹線台湾高速鉄道)は、車両は日本メーカー製です。でも、無線やポイントなどでは、ドイツやフランスなど欧州メーカーのシステムが混在しています。

 欧州勢が先行してプロジェクトが走り出していたためですが、もしも最初から日本の新幹線のシステムを採用していれば、もっと低コストで効率的だったはずです。

 私は1983年に住友商事に入社し、最初の仕事は当時の国鉄が計画していた新幹線の米国への輸出プロジェクトでした。以来、車両の製造や再整備を担う工場建設から撤退までを米国の現場で手がけたこともあります。

 いま、日本は官民一体となって、政治的、外交的、グローバルな戦略として新幹線の輸出に取り組んでいます。私自身の経験も踏まえれば、この先、インド、マレーシア、タイなど新中間層が増えていく地域では、日本のインフラが真価を発揮する可能性が十分あると感じています。

 その際、単に「ハードを売っておしまい」ではない、相手国が本当に求める協力も含めて、輸出における質の高さが求められています。その一つが人材教育です。新幹線を動かし、将来的にはつくるところまで現地の人々が担う。このため、たとえば新幹線方式を採用した高速鉄道の建設で合意したインドでは、研修機関を設立して4千人規模の鉄道省職員を訓練します。年間約20人の留学生をはじめ、短期長期の研修や訓練も日本で受けてもらう予定です。

 実は、日本の技術をさらに発展させて競争力を維持するためにも、輸出は欠かせません。中国などのライバルは急速に力をつけています。日本のマーケットは成熟していますから、車両などの買い替え需要だけでは、技術者が育たなくなっているのです。(聞き手・池田伸壹)

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 あだちまさし 1959年生まれ。住友商事、米国系法律事務所勤務などを経て2014年に初当選。米ニューヨーク州弁護士。

 ■心地よさ味わってもらう 堀本幹夫さん(TOTO執行役員ウォシュレット生産本部長)

 新幹線はインフラ、洗浄機能付き便座「ウォシュレット」は耐久消費財と、分野は違います。ただ、日本で支持を得た製品を海外に売り込むには現地化、つまり市場ごとに製品の仕様を変える必要があり、三つの「合わせる」ステップがあると思います。

 一つ目は、その市場の法体系や規格で、言わば基本要求です。ウォシュレットはすでに80近い国の法規制にそれぞれ対応した製品を揃えています。二つ目は、現地のニーズの中でも明示的な、市場調査で測れる類いのもので、対応はさほど難しくありません。デザインは市場ごとの好みに合わせて変え、吐水の強さなどは利用者が調整できる機能をたくさんつけています。

 三つ目は潜在的なニーズです。感性や文化にかかわるところで数字に表しにくい。例えばインドネシアでは、水圧を使って手動つまみでノズルを出し入れして洗浄します。トイレに電気製品を置くこと自体に抵抗を感じるのと、電気でバルブを開閉する通常の方式は高価なこともあり、現地関連会社の社長が考え出しました。また脱臭機能は、日本では使用中は緩やかに、使用後は強力にと段階がありますが「常に強力に吸ってこそ脱臭だ」という市場もあり、それに応えています。

 「お尻を洗う」という基本機能は、人間が快適を求める根源的欲求を満たすもの。ですから、変更の必要はありません。新しい概念だけに、その心地よさを味わって理解してもらうことが、何より大切だと考えています。

 いま、日本全体が洗浄便座の巨大なショールームになっています。訪日外国人が2千万人まで増えたのは非常に大きい。中国人のお客様の爆買いでウォシュレットが注目されましたが、富裕層なら持つべき製品の象徴として、アイコンの役割を果たしたのかもしれません。排泄(はいせつ)という生理現象の後の「お尻を洗う」行為はセンシティブで、そこに関わる商品だからこそ、日本で心地よさを体験して、帰国後に「やっぱりいつも使いたい」と思ってもらう。このつながりに期待しています。

 欧州では、高級ホテルの改装時に洗浄便座がついたトイレを求められるのは、当たり前になりつつあります。この1年で、性能の高低はあれ洗浄便座を持たない欧州の競合ブランドはなくなりました。

 もう一つ、安売りすれば普及に弾みがつくかもしれませんが「安かろう、悪かろう」はダメです。ブランドを守りつつ、新しい概念の製品をわかってもらう必要がある。世界の普及率はまだ数%。日本でさえ、1980年に世界で初めて売り出してから普及率が8割を超えるのに30年以上かかりました。様々な嗜好(しこう)の人がいる世界市場で、時間がかかるのは当然だと考えています。(聞き手・畑川剛毅)

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 ほりもとみきお 1965年生まれ。88年に東陶機器(現TOTO)に入社。総合研究所商品研究部長などを経て、昨年から現職。
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