覚え書:「書評:奇蹟の爪音(つまおと) 谷口和巳 著」、『東京新聞』2017年02月05日(日)付。

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奇蹟の爪音(つまおと) 谷口和巳 著

2017年2月5日


◆米国が沸いた謎の箏奏者
[評者]葛西聖司=アナウンサー
 本書のサブタイトルに「アメリカが熱狂した全盲箏曲(そうきょく)家衛藤公雄の生涯」とある。興味をそそるコピーだが、立派な体躯(たいく)とエキゾチックな顔立ちで箏に向かう表紙の写真も印象的だ。
 四十年来、古典芸能番組に携わってきた私は、しかし彼を知らない。不明を恥じ、宮城道雄門下の古参や斯界(しかい)の先達に尋ねたが、演奏を聴いたこともないという。そこであらためて、いくつかの疑問を胸に読み返した。
 ひとつ。戦前、コンクールで優勝し、戦後も映画やジャズでも活躍しながら、「なぜ渡米し、12年も滞在したのか」。ふたつ。カーネギーホールなどで日本人初の箏リサイタルや四枚のアルバム収録、全米演奏会など成功をおさめながら、「なぜ日本に戻ったのか」。みっつ。コンサート会場として初めて武道館を使い、ストコフスキー指揮で、オリジナルの箏コンチェルトの帰国公演。大成功をおさめながら、「なぜ世間から消えたのか」。
 この疑問に谷口は、箏曲鑑賞の初心者ながら資料と録音を渉猟し、関係者、家族の取材を重ね、「あの人は今物語」に堕さず、克明な評伝として絵解きする。特に箏奏者・衛藤の技量を多くの専門家に評価させ信憑性(しんぴょうせい)を高めた。「なぜ」の答えは、読み手によって分かれるかもしれない。評者は「時代の寵児(ちょうじ)」となったこと、逆に時代が衛藤を拒み始めること、才能ゆえに衛藤自らが苦悶(くもん)するところに答えを見た。
 もうひとつの切り口は家族との関わり。家族の証言で衛藤の人生を深層から描いてゆく。
 これほど絶賛された無名の演奏家。読者は聴きたくなるはずだ。実はピコ太郎と同様、ネット配信されている。発信元は海外だ。残された米国盤だけでなく、死後は英国で復刻盤も出た。そして日本でもアルバムが。
 クールジャパンの今、これほどの国際性を持つ日本人が五十年前にいたことを教えてくれ、かつ箏が聞きたくなる好著といえるだろう。
 (小学館・1944円)
<たにぐち・かずみ> 1947年生まれ。編集者・コラムニスト。
◆もう1冊 
 梶野絵奈ほか編著『貴志康一と音楽の近代』(青弓社)。昭和初期にベルリン・フィルを指揮しながら早世した天才音楽家の評伝。
    −−「書評:奇蹟の爪音(つまおと) 谷口和巳 著」、『東京新聞』2017年02月05日(日)付。

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