覚え書:「耕論 パリ協定と日本 枝広淳子さん、朝日弘美さん、小宮山宏さん」、『朝日新聞』2016年11月05日(土)付。

Resize5356

        • -

耕論 パリ協定と日本 枝広淳子さん、朝日弘美さん、小宮山宏さん
2016年11月5日



地球温暖化対策と日本<グラフィック・小倉誼之>

 世界で温暖化対策を進める「パリ協定」がきのう発効した。「京都議定書」には不参加だった米・中が早々と締結するなか、後れをとった日本は今後どうかかわっていくのか。

 ■未来を守るきっかけに 枝広淳子さん(東京都市大学環境学部教授)

 温暖化対策で世界が合意したのは、京都議定書以来、18年ぶりです。長く先進国と途上国の対立が続いてきた交渉だけに、すべての国が参加する枠組みになった意義はとても大きいと思います。

 背景には、そうせざるを得ないほど温暖化の影響が表れてきたことがあります。アフリカでは干ばつが深刻で、米国などでも山火事が増えたりハリケーンが強烈になったりしている。最近は、毎年のように「異常気象」です。

 もう一つは、石油や石炭などの化石燃料から、風力や太陽光などの再生可能エネルギーへの転換が、ドイツなどを中心に世界的に大きく進んできたこと。転換はもはや夢物語ではないとの感触が深まっていることも、画期的な合意の背景にあったと思います。

 大統領がレガシー(遺産)にと臨んだ米国、大気汚染が深刻な中国の早期締結にはリーダーシップを感じました。海面上昇で沈みかねない島国や、アフリカの危機感も強かった。それに比べて目立つのが日本の消極的な姿勢です。

 締結が遅れ、初回の締約国会合の正式メンバーに入れませんでした。積極姿勢を示すステータスを失い、具体的ルールを決める初回会合に正式参加できないのは、日本企業にも不利になりかねない。時流を読み違えたのか、よほど優先順位が低いのか。もっと早く締結すべきでした。

 今回に限らず、ここ数年、世界の環境分野の識者と話すと「日本は環境技術のリーダーだった」と過去形で語る人が多いと感じます。2008年のG8北海道洞爺湖サミットあたりまではリーダーシップを見せていましたが、その後は東日本大震災があり、デフレ脱却が唱えられ、目先の電力確保や経済が優先されてきました。

 いま日本では石炭火力発電所の新設計画が盛んです。でも国際的には石炭はもはや使いづらく、「座礁資産」になるとの見方もあります。動きが逆行していないか。締結後こそ、世界の流れを見て手を打ってほしいと思います。

 内閣府の夏の世論調査では、4割がパリ協定を知りませんでした。温暖化が進めば農作物がとれなくなるかもしれない。海面上昇で、今の場所に住めなくなるかもしれない。脅威が目前にあるとは感じにくくても、今の地球や日本を未来に残せるかどうかは私たちにかかっています。

 節電やマイバッグでの買い物に限らず、今は電力自由化で、発電を意識して契約先を選ぶこともできます。政治家を動かすため、有権者として声を伝えていくことも大切でしょう。子どもや孫の世代に将来、あのころ大人が本気で取り組んでいればと恨まれてからでは遅いのです。そのための行動のきっかけに、パリ協定がなればと思います。

 (聞き手・吉川啓一郎)

     *

 えだひろじゅんこ 62年生まれ。温暖化や持続可能性について執筆、講演を続ける。訳書に「不都合な真実」(アル・ゴア著)。

 ■長期戦略の議論尽くせ 朝日弘美さん(日産自動車エキスパートリーダー

 パリ協定の産業界に与えるインパクトは非常に大きいです。石油や石炭などの化石燃料を使うことが将来できなくなるかもしれない。

 特に自動車は、その95%が石油を燃料に使っています。環境基準を満たすよう求める声は世界的に強まっており、今や産油国でさえ、燃費規制をかけています。こうした要請に対応しなければ、ビジネスは成り立ちません。

 日産は2050年までに00年比で新車の二酸化炭素排出量を90%削減する「ビジョン」を掲げています。欧米で環境規制が厳しくなり始めた00年代前半、調査を始めたのが発端でした。トヨタが90年代末プリウスを発売し、拡大していた頃で、各社とも何を主軸に競争していくか、差別化を図る必要がありました。

 「90%削減」は、その必要性から出した数字で、どう達成するかという裏付けがあった訳ではありません。「コミットメント(約束)」ではなく、将来目指すべき姿として示し、これが電気自動車「リーフ」につながっています。

 一方で、電気自動車や燃料電池車をいきなり増やすことはできないし、電気やエネルギーを作る企業とも力を合わせることが必要だと分かりました。そこで中期的に、エンジンの効率を極限まで改善することにも注力しています。

 欧米の産業界は、昨年末のCOP21を機に、一気に前に出てきました。ビジネスチャンスだと思っているからです。金融界は企業評価にあたり、収益だけでなく温室効果ガス排出量にも目を向けています。各企業には、NGOや世界的格付け機関から質問票が届き、対応しないとよい評価は得られません。

 決して楽ではありませんが、世界を舞台に競争する企業が何をすべきか、示してくれているともいえます。温暖化対策はもはや、企業の社会的貢献の域でなく、経済問題です。国の議論に関わらず、企業として取り組まなければ取り残されてしまいます。

 日本の企業は温暖化対策をそれぞれ取り組んでいると感じますが、国内の雰囲気には危機感がないと思います。パリ協定は確かに痛みを伴うものです。企業活動からの排出が多い電力や鉄鋼、化学業界、製品からの排出が多い自動車業界など形態は違いますが、対策を先送りせず、直視することが求められます。

 パリ協定によって、企業は短期的な利益の追求だけでなく、長期的にビジネスをどう続けていくのかを突きつけられているのです。

 経済産業省環境省が専門家を集め、温暖化対策の長期戦略の議論を始めています。日本の経済力を維持・発展させながら、どう答えを見つけていくのか。まさに国としてのあり方で、幅広い議論が尽くされることを期待しています。

 (聞き手・香取啓介)

     *

 あさひひろみ 60年生まれ。日産自動車の「ニッサン・グリーンプログラム2016」実務責任者。愛車は自社製電気自動車。

 ■「自給国家」目指すべきだ 小宮山宏さん(三菱総合研究所理事長)

 パリ協定は、今世紀後半に「脱炭素社会」を目指すと宣言しました。それは可能だと思います。

 私がイメージする2050年は、エネルギーの相当量が電気になり、電気の80%を風力、水力、太陽光、バイオマス、地熱の再生可能エネルギーでまかなう社会です。その場合、今の電力価格より安くなると試算しています。

 再生エネルギーの価格は、すごい勢いで下がっています。例えば風力発電のコストは、30年前より22分の1になりました。地域に合うものを選べば、一番安い電源です。

 昨年なされた新しい電源に対する投資の3分の2は再エネでした。安いものを選択するという市場の判断であり、この流れは自然です。

 一方、エネルギーを使う側はどうでしょうか。日本をはじめ先進国では、エネルギーを消費する家やビルの床面積、自動車の数、工場などが頭打ちです。「人工物の飽和」と呼んでいますが、こうなるとスクラップした分だけ新しいものを作れば足りる社会になる。消費する場が増えず、効率は上がるので、エネルギー消費は減っていく。日本はここ10年でエネルギー消費量が平均して年1・6%ずつ減っていて、今は1990年ごろと同じ水準です。50年には「人工物の飽和」が世界中で起こるでしょう。

 省エネには負担、我慢といったイメージをもたれているようですが、大きな間違いです。冷蔵庫やエアコンなどの家電製品は定期的に買い替えますが、エネルギー効率はよくなり、元は取れます。住宅を高気密・高断熱にすると、心疾患やアレルギーが減るといった研究結果があります。生活の質を上げながら省エネすることが可能なのです。この傾向が続くだけで、50年には電力消費量が現状の3分の2程度になります。

 こうした議論が国内で活発にされないのは、原発にこだわりすぎるからです。原発は全世界の1次エネルギーの5%程度。世界の議論の中心は省エネ、再エネで、それに比べてマイナーな存在です。しかし日本は原発にすでに投資してしまいました。福島第一原発事故後にも、ほかの原発再稼働の話がたえません。動かさないと電力会社の経営が危うくなるということかもしれませんが、金利が低いのだから、国が電力会社に融資して原発を動かさないという選択肢は十分あり得ます。

 日本はエネルギーと資源の自給国家を目指すべきです。加工貿易を得意としてきましたが、どこでも工業製品が作れる時代に生き残れるシナリオではありません。人工物が飽和すればリサイクルで回し新たな金属資源はいらない。化学製品も木材を使った生分解性のものに。パリ協定はこうした未来に希望を持たせるものです。

 (聞き手・香取啓介)

     *

 こみやまひろし 44年生まれ。専門は地球環境工学東京大学総長を経て現職。共著に「新ビジョン2050」ほか。

 ◆キーワード

 <パリ協定> 昨年12月の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で採択された新しい地球温暖化対策の国際ルール。産業革命前からの気温上昇を2度よりかなり低く抑えることが目標。そのために今世紀後半に世界全体で温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることをうたう。先進国のみに温室効果ガスの削減を義務づけた京都議定書と違い、全ての国が削減目標を自主的に作って報告。達成に向けた国内対策を取ることが義務づけられた。
    −−「耕論 パリ協定と日本 枝広淳子さん、朝日弘美さん、小宮山宏さん」、『朝日新聞』2016年11月05日(土)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12642967.html





Resize5289

Resize4434