覚え書:「社説余滴 「逃げるな消さう」重い過去 加戸靖史」、『朝日新聞』2016年12月23日(金)付。

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社説余滴 「逃げるな消さう」重い過去 加戸靖史
2016年12月23日

社会社説担当・加戸靖史  
 「最後まで頑張れ」

 「持場(もちば)は死守しよう」

 「逃げるな消さう」

 ため息が出た。1945年3〜4月の朝日新聞の見出しだ。大阪の弁護士、大前治(おおまえおさむ)さん(46)が先月出した「『逃げるな、火を消せ!』戦時下トンデモ『防空法』」(合同出版)で紹介されている。

 大戦末期のこの時期、3月10日の東京を皮切りに、名古屋、大阪、神戸が次々と米軍機の大空襲に見舞われた。

 だが当時の新聞に惨状の報道はほとんどない。目立つのは、消火に努めよとの呼びかけだ。猛火に立ち向かって死んだという「美談」も多い。

 37年制定の防空法が背景にあった。米国との開戦直前の41年11月に改正され、「退去の禁止」と「応急防火の義務」が国民に課せられた。

 「国民は国土防衛戦士であることを自覚し」「国家と運命を共にする決意で一死奉公すること」。朝日新聞社が翌年発行した「防空法解説」はこう筆を振るっている。

 大前さんは、大阪の空襲被災者らが国を相手に08年に起こした訴訟の弁護団で、防空法の問題を掘り下げてきた。

 国は戦後、「国民は戦争被害を受忍しなければならない」という「受忍論」をたてに、空襲被害の補償を拒んできた。「命を投げ出して国を守れ」という国策が多くの人を死なせたのに。大前さんの詳細な検証からは、受忍論の理不尽さが浮かび上がる。

 国民を死に追いやりながら、責任を取ろうとしない国は明らかにおかしいと思う。

 では、国が言うがまま「死ぬまで頑張れ」と書き続けたメディアはどうだったか。

 私は今まで、自分が属する社が何を書いてきたか、聞いたことも、考えたこともなかった。そのこと自体、いたたまれない思いにかられる。

 大前さんは、新聞・雑誌記事を中心に200点超の図版を本に盛り込んだ。見出しを追うと、法改正などのたびに時代の空気が少しずつ変わり、「逃げるな、火を消せ」がもはや異常でなくなっていった流れがよくわかる。

 特定秘密保護法、安保法制と、戦後政治の転換が続く現代と重なる部分はないか、と大前さんは問いかける。「先々を読み、『今の空気』に違和感を持つために、過去の教訓をよく知ってほしい」

 「今」への違和感を忘れず、「この流れでよいか」を常に問い直す。かつて時代に流されてしまったメディアの一員として、肝に銘じたい。

 (かどやすふみ 社会社説担当)
    ーー「社説余滴 「逃げるな消さう」重い過去 加戸靖史」、『朝日新聞』2016年12月23日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12719246.html


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