覚え書:「分断世界 孤立の末に、弱者排斥 相模原とノルウェーの事件、根底に「挫折」」、『朝日新聞』2016年12月25日(日)付。

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分断世界 孤立の末に、弱者排斥 相模原とノルウェーの事件、根底に「挫折」
2016年12月25日

イラスト・上村伸也   
 今年7月、平成に入って最悪の殺人事件が起きた。19人が死亡、27人が重軽傷を負った相模原障害者施設殺傷事件。弱者を排斥し、社会を自らの思いのままに「浄化」したい——。孤立した若者の「心の闇」から生じる凶悪事件は5年前、北欧ノルウェーでも起きていた。独善的な思想を阻むどころか、そこから力を得て、さらにあおり立てようとする指導者が誕生する時代に、私たちはどう向き合うべきか。

 ■強い自己正当化、命に優劣

 相模原市緑区の山あいにある障害者施設「津久井やまゆり園」。献花台には、今も花が絶えない。

 5カ月前の7月26日未明、ここで起きた凶行は瞬く間に世界に伝わった。

 元職員の植松聖(さとし)容疑者(26)による障害者を狙った殺傷事件。現場には、多くの外国メディアの記者も詰めかけた。世界で相次ぐ「テロの波」が日本にも及んだのでは、との思いが広がっていた。イスラム過激派との関連がないと分かると関心はしぼんだ。

 だが日本から8千キロ以上離れた北欧ノルウェーに、事件に強い関心を抱いた社会学者がいた。オスロ大学のトーマス・ハイランド・エリクセン教授(54)だ。

 「2人の男には、多くの共通点がある。自らにとって『不健康な要素』を取り除き、社会を『純化』したいという意図を感じる」

 教授が植松容疑者との共通点を見いだした男。2011年7月22日、ノルウェーで77人を殺害したアンネシュ・ブレイビク受刑者(37)だ。

 首都オスロの国会議事堂周辺で自動車爆弾によって8人を殺害。さらに郊外の島で銃を乱射し、与党労働党の集会の参加者69人を射殺した。ネットに反イスラム的な投稿を続けた末に、狙ったのは移民受け入れに寛容な人々だった。「欧州をイスラムの支配から救う」と自らの犯行を正当化した。禁錮21年の判決を受けて収監されている。

 2人の共通点は、挫折と孤立だ。

 ブレイビク受刑者は両親の離婚で外交官の父と離別。高級住宅街に住み、王族も通う名門小学校へ通ったが、大学には行かず、正規雇用にも就かなかったという。

 植松容疑者は「父親のように教師になりたい」と語り、教育実習もした。だが結局、教員採用試験は受けなかった。「頭が悪いから、教員はあきらめた」と話したという。

 表向き好青年で過激派集団にも属さない。そんな2人が行き着いたのが、命に優劣をつけ、「劣等」とみなした者や、その人たちを受け入れた者の殺害すら辞さない犯行だった。

 ネオナチサイトに参加していたブレイビク受刑者。「ヒトラーの思想が降りてきた」と語った植松容疑者。犯行を自らの使命ととらえ、周到に準備した点も似通っている。

 植松容疑者は犯行の約5カ月前、東京・永田町の衆院議長公邸に「障害者470名を抹殺することができます」と記した手紙を持参した。ブレイビク受刑者は1500ページを超す犯行声明文をネットに投稿した。

 そこには強い自己正当化と、自己顕示欲が見える。

 ■差別あおる指導者に喝采

 「ヘイル トランプ(トランプ万歳)!」。演台の男性がマイクで叫ぶと、出席者が叫んだ。「ジーク ヘイル(勝利万歳)!」

 独裁者ヒトラーをたたえるように、右手を高々と挙げる者もいる。ドナルド・トランプ氏が勝利した11月の米大統領選後、白人至上主義グループ「アルトライト」が首都ワシントンで開いた会合だ。

 「我々は社会から認められた」。演台にいた代表のリチャード・スペンサー氏は高揚感を隠さなかった。約200人の参加者から一斉に拍手が湧いた。ほぼ全てが白人の若い男性だ。

 人種や性的な少数者、女性への差別意識を隠さない集団。従来の保守とは一線を画し、日本では「オルタナ右翼」とも称される。

 「我々は社会に疎んじられる傍流ではなく、まさに主流派になった。トランプ氏は運動を勇気づけた」。スペンサー氏は米アトランティック誌に語った。同誌は「アルトライトはトランプ氏の勝利を、白人国家の最初の一歩と考えている」と分析した。スペンサー氏は、国政進出を検討していることも表明している。

 アルトライトだけではない。大統領選以降、ヘイト事件が米国内で急増している。南部貧困法律センターによると、大統領選後のわずか10日間で867件の嫌がらせや脅迫が報告された。対象は移民や黒人、性的少数者だ。

 「アメリカを再び白人のものに」という言葉とナチスのカギ十字の落書きが、ニューヨーク州で見つかった。コロラド州では、12歳の黒人少女が「トランプが大統領になった今、おまえとすべての黒人を銃撃する」と脅された。テキサス州ダラスでは、ヒスパニック系男性が「メキシコに帰れ」と白人の高齢者に罵倒された。カリフォルニア州サンノゼでは、イスラム教徒の女性が背後からスカーフをつかまれたため、首が絞まって転倒した。

 イスラム教徒や移民を侮蔑し、女性差別の言葉をまき散らす。そんな人物が来年1月、世界で最も影響力のある国家の指導者となる。

 ■「心の闇」、社会の中から

 弱者への差別意識が、なぜ凶悪犯罪へと至るのか。

 無差別殺人・殺人未遂事件を研究し、容疑者らとの面談を重ねてきた独ギーセン大学のブリッタ・バンネンベルク教授は、容疑者の「心の闇」を見つめる。

 他者と深く関係を築けず、一方で極端な被害妄想や自己陶酔を抱く人たち。「自分が受け入れられないのは、社会が悪いからだ」という思いがネット上の優生思想や、過激派組織「イスラム国」(IS)などの論理と共鳴する。

 他者と異なる自らを、正当化してくれるからだ。

 では社会は、事件にどう向き合うべきなのか。

 ノルウェーは国を挙げて犠牲者を追悼し、首相が「さらに寛容な社会をつくる」と宣言した。事件の生存者の中には「テロを機に監視社会ができたら、彼の思うつぼだ。そうさせないのが、生き残った僕らの役割だ」と地方議会選に出馬した人もいた。

 一方、相模原の事件では、容疑者の異常性が注目を浴びる一方、措置入院のあり方や、障害者施設の防犯の対策が優先された。

 オスロ大学のエリクセン教授は、警鐘を鳴らす。

 「植松容疑者の『障害者には生きる価値がない』との考えは、欧州のイスラム教徒や少数民族に対する根強い差別的な見方と酷似している。単なる個人の犯行と片付けず、こういう思想を生む社会の背景に目を向けていく必要がある」

 ブレイビク受刑者の幼なじみの公共放送記者は事件後に言った。「彼が狂っていたとは思わない。社会の産物で、私たちの一人だ」

 植松容疑者には、差別思想をいさめる友人がいた。

 今年1月末。友人の男性は電話で、「障害者はいらないから殺したいけど、政府が許可してくれない」と相談を受けた。男性が否定すると、植松容疑者はムキになり、障害者の「抹殺」をほのめかす文章を音読した。その後、衆院議長公邸に持参することになる手紙の内容だった。「聞きたくない」と突き放した男性に、植松容疑者は事件直前の7月、「最近友達が少ないんだよね」とぼやいた。

 植松容疑者は、刑事責任能力を見極めるため、来年1月23日までの予定で鑑定留置に入っている。和光大学名誉教授の最首悟(さいしゅさとる)さん(80)は、精神異常者でも快楽殺人者でもなく、「今の社会にとって、『正しいことをした』と思っているはずだ」と話す。

 横浜市内で、ダウン症で重度の複合障害がある三女の星子さん(40)と暮らす最首さん。植松容疑者を「個人になり損ねた孤人」だと評する。

 「社会との絆を失った『孤人』のよりどころは、国家へ向かう。国家や社会の『敵』を倒すことで、英雄になろうとするんです」

 弱者を「国家や社会の敵」とみなす空気。私たちの周りに漂っていないか。

 やまゆり園には、今も60人の障害者が暮らす。献花台は、月命日の12月26日を区切りとして撤去される。

 (照屋健、伊東和貴、ミュンヘン=高野弦、ニューヨーク=真鍋弘樹)

 ◇世界で同時進行する「分断」の現場を訪ね、点と点を結んで問題の根源を探ります。随時掲載します。

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