覚え書:「書評:氏神さまと鎮守さま 新谷尚紀 著」、『朝日新聞』2017年05月28日(日)付。

Resize6338

        • -

氏神さまと鎮守さま 新谷尚紀 著

2017年5月28日
 
◆地域社会でいのちを結ぶ
[評者]川村邦光=民衆文化研究家
 神社には地割りによる氏子のテリトリーがあることを知ったのは、引っ越した後であった。奈良市内で引っ越すと、漢国(かんごう)神社から春日大社の氏子に変わっていた。自治会費の一部から氏子料というべきか、初穂料が支払われ、お札が自治会経由で配られている。
 本書では、民間の神社の歴史的展開について、民俗学的な調査を踏まえつつ、該博な知識を動員して論じている。地域の神社は、西日本で氏神、東日本で鎮守と呼ばれる。だが、両者は出自を異にしている。氏神は氏族が本貫地で祭った神が郷村の神として近世に定着し、郷村の神社の呼称になった。他方、鎮守は中世に国家鎮護の思想のもとで京(王城)・地方を鎮護する神社の名称として広まり、明治以降になると、氏神と同様の意味で用いられていった。
 本書で文献史学を援用し、力を入れて論じているのは、神社の変遷史である。古代に荘園領主によって荘園鎮守社として創建された神社が、中世になると、荘園を経営していた在地武士の氏神となり、近世になると、その村落民の氏神となって、現在にいたっている、と三段階のプロセスを描くことができる。神社祭祀(さいし)を誰が担うのかが神社の維持・存続には、最大かつ喫緊のテーマになる。
 長寿の生命力を持ち続ける長老と新鮮な生命力をきざす新生児を結びつけている、氏子たちの「年齢の輪」、そこに介在するのが生命力を授ける氏神であり、「年齢の輪」が生み出され続けて、地域社会も氏神も存続することができる。そのような生命の存続のために仕組まれた、すぐれて機能的な装置が、氏神・神社であることを、今日の社会に向けて発信している。
 信心と観光の間で大きく揺さぶられ経済的な格差が拡大している神社の現在を、本書はあらためて問い直す。神社の民俗史であるばかりでなく、日本人の心性・精神史を射程に入れた分厚い全体史になっている好著である。
 (講談社選書メチエ・1782円)
<しんたに・たかのり> 1948年生まれ。国学院大教授。著書『神々の原像』など。
◆もう1冊 
 安丸良夫著『神々の明治維新』(岩波新書)。明治新政府神仏分離政策と廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)が日本人の精神構造をどう変えたかを克明に描く。
    −−「書評:氏神さまと鎮守さま 新谷尚紀 著」、『朝日新聞』2017年05月28日(日)付。

        • -





http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2017052802000175.html


Resize5674