覚え書:「憲法を考える 教育無償化で改憲、妥当か 支持得やすい「有力論点」、首相が旗振り」、『朝日新聞』2017年03月28日(火)付。

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憲法を考える 教育無償化で改憲、妥当か 支持得やすい「有力論点」、首相が旗振り
2017年3月28日

教育にかかるお金は?
 ■憲法を考える 視点・論点・注目点

 憲法を改正して幼児から大学までの教育を無償化する。こんな案が、緊急事態条項の新設と並ぶ有力な改憲項目として自民党内で浮上している。多くの家庭が子どもの教育費の重い負担にあえぐ中、野党や国民の理解を得やすいだろうというのがその理由だ。だが、これは妥当な議論なのだろうか。

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 <維新は改正案> 「どんなに貧しい家庭に育っても進学できる。そういう日本をともにつくっていこうではありませんか」

 安倍晋三首相は5日の自民党大会で、憲法改正に向けた議論をリードすることが党の「歴史的使命だ」と述べた後に、こう力を込めた。憲法改正と無償化とを直接に結びつけてはいないが、それを念頭に置いていることは明らかだ。

 改憲による無償化を正面から主張しているのは日本維新の会だ。義務教育の無償を定めた26条を改正し、「幼児期の教育から高等教育」まで無償とする原案も発表。国会でも「憲法に規定し安定した制度として実現を」と訴え、安倍首相も「傾聴に値する」と応じている。

 衆参両院での3分の2以上の賛成で改憲案の発議をしても、国民投票で承認されなければ実現しない。そのため自民党憲法改正推進本部の幹部は、いかに多くの国民の支持を得られる改憲案を打ち出すかに腐心している。党幹部の一人は「教育無償化は急浮上中の有力論点」と認める。

 背景には、保護者の所得や地域などで大学進学率の格差が拡大している現実がある。改憲で無償化が実現すれば、経済的理由により進学を断念するケースは減り、多くの国民が歓迎するという計算が見える。

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 <家計負担は限界> 格差は、なぜ拡大してきたのか。

 教育費の問題に詳しい小林雅之・東京大教授(教育社会学)によると、大きな原因のひとつとして、日本では高等教育費の家計による負担割合が、極めて大きいことが挙げられる。

 欧州連合(EU)では平均して8割ほどが公的な負担でまかなわれているのに対し、日本では5割以上が家計の負担だ。欧州では教育費負担にも福祉国家的発想がある一方、東アジアでは「学費は親が工面する」という社会的風潮が強いからだという。

 加えて日本の国立大学の授業料は、高額な私立大との差を受益者負担で埋めようと1970年代から急激な高騰を続けてきた。経済成長率が高いうちは家計でやりくりできても、バブル経済の崩壊後は多くの家庭が負担に耐えきれなくなってきた。このため90年代後半から有利子奨学金の利用が爆発的に増えたが、最近はその返済の重さが問題化している。

 こうした状況を改めようと、返済しなくてよい給付型奨学金が新年度から段階的に導入される。一歩前進ではあるが、給付額が月額2万〜4万円とあまりに少ないのが実情だ。

 ■法律作り制度化が筋 改憲後、財源なければ違憲

 給付型奨学金や授業料の減免制度を拡充し、意欲ある若者に高等教育の門戸を広げる。いまは各党ともこうした政策を進めることでは足並みがそろう。

 2012年には当時の民主党政権が、国際人権規約の批准から30年以上も留保してきた高等教育無償化の「漸進的導入」の条項を受け入れた。国際条約上も、無償化に向けた政策の推進が求められているのだ。

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 <「現憲法で可能」> では、こうした政策と憲法改正を結びつけることをどう考えるべきか。

 西原博史・早稲田大教授(憲法)は、改正する必要はないと話す。憲法は、無償化を禁じていないからだ。

 「憲法26条はすべての国民に、能力に応じてひとしく教育を受ける権利を認めている。その権利を支援すべく、つけられるところから予算をつけていけばいい。その政策は憲法上、当然に正当化される」

 中川律・埼玉大准教授(憲法)も「無償化という政策目的の実現と憲法改正には合理的な関連はない。本当の目的は、無償化ではなく改憲にあるのではないか」と見る。

 西原氏はまた、無償化には経済力のある家庭を助けるという「逆進性」の弊害が大きいとも指摘する。

 16年度の現役生の大学・短大進学率は54・8%。西原氏は、進学しない人も払う税金で同世代の6割弱の大学生の学費をまかなうことへの納得を得るのは難しいとしたうえで、「小学生の時から塾に通わなくても進学できる学力がつくよう、義務教育の立て直しに予算をつぎ込むべきだ」と話す。

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 <4兆円が必要> そもそも、教育無償化は実現可能なのか。最大のハードルは、幼児から高等教育まですべてを無償にするならば4兆円を超えるという財源の捻出だ。

 自民党内では「教育国債」の発行も検討されているが、麻生太郎財務相は「その実質は子どもに借金を回すということで、赤字国債と変わらない」と慎重だ。

 財源がなく実現の見通しが立たないままでは、憲法を改正したとたんに憲法違反となりかねない。

 財源を確保できたとしても、財政難の中で巨額の予算の使い道を憲法で縛ることが適当なのかという問題も生じる。将来、その財源を保育やその他の子育て支援社会保障にどうしても振り向ける必要が出てきたら、再び憲法を改正しなければならない。

 「どんなに貧しい家庭に育っても、進学できる日本」。安倍首相のこの言葉には共感する国民は多いだろう。

 各党がこの理念を共有するならば、必要な法案をつくり、制度化を急ぐのが政治の役割だ。

 そうはせずに、政策目的をまずは憲法に書き込もうというのなら、筋違いと言わざるを得ない。(編集委員・国分高史)

 ■(国会審査会 3月の議論から)衆院 災害時の任期延長で論戦

 16日と23日の2回の審議では、緊急事態条項を憲法に盛り込むべきかをめぐり、議論になった。

 緊急事態とは一般に外部からの武力攻撃や内乱、大規模自然災害などを想定する。このうち、国政選挙の直前に大規模災害などが発生して選挙ができなくなった場合に備え、国会議員の任期延長を可能とする憲法改正が必要かどうかが最大の争点になった。

 「必要」との意見を16日に表明した自民の上川陽子氏は、「参議院の緊急集会は、衆議院の解散から特別会が召集されるまでの70日間を想定した制度」とし、「東日本大震災の被災地では最大8カ月、選挙を執行できず、選挙の延期や議員任期の延長をしないと被災地出身議員が不在となる」と理由を述べた。

 ドイツ憲法基本法)の緊急事態条項などに詳しい参考人の松浦一夫・防衛大教授は23日、「大地震が周期的に発生する我が国では諸外国にはない災害緊急事態条項の必要性が認められる」とし、「大災害で選挙が半年以上延期され、衆議院が機能しない事態を想定すれば、参議院の緊急集会では十分対応できるとは考えにくい」と発言した。

 一方、共産の大平喜信氏は16日、「国会議員の任期延長は国民の選挙権を停止するもの」とし、「大規模自然災害には参議院の緊急集会で十分対応できる」と述べた。

 災害復興支援に取り組んできた参考人の永井幸寿弁護士は23日、参院の緊急集会や繰り延べ投票(天災で選挙ができなくなった場合、期日を改めて投票する公職選挙法で定められた制度)で対応できると指摘。「災害後にどのように権力を集中しても対処はできない。平時から災害対策を行っておくことが肝心で、災害をだしに憲法を変えてはならない」と発言した。

 両者の中間のような意見も出た。民進枝野幸男氏は16日、「任期延長は検討に値する」としつつ、「参議院の緊急集会で一定の対応は可能」「検討すべき事項が複雑かつ広範で単純に結論は出せない」と慎重姿勢を見せた。

 ■解散権「乱用」に歯止めは

 内閣の解散権や、参院の合区解消をめぐる一票の格差衆院参院の役割をどう考えるかなども議論された。

 憲法7条3号は、天皇が内閣の助言と承認により衆議院を解散すると定めており、解散の決定権は内閣にあるというのが政府見解だ。これに対し、「解散権の乱用」の歯止めが必要ではないかという問題提起があった。

 「時代に合わせた憲法をというなら、この問題が議論の中心になるべきだ」。民進の枝野氏が16日、行政府による議会の解散権を制約しているドイツや英国の例を挙げ、こう発言した。23日、参考人の木村草太・首都大学東京教授(憲法)も「党利党略での解散を抑制するために解散権に何らかの制限をかけていくのが合理的」と述べ、憲法改正の検討だけではなく、法律による解散手続きの整備を検討することを審査会に求めた。

 また、16日の審査会で自民の中谷元氏は、「地理的条件の考慮を憲法上の要請として明記することを含めた抜本的対策が必要」と合区解消を訴えた。自民の根本匠氏も「参議院都道府県代表と位置づけることを検討すべきだ」。

 これに対し、公明の北側一雄氏は「参議院を地域代表とするのであれば、(国会議員は全国民の代表と定めた)43条の改正にとどまらず、憲法上の衆参の役割を大幅に見直さなければならない」と発言し、参議院での議論の行方を見守る考えを示した。(編集委員・豊秀一)

 ■(情報インデックス)日本会議国会議員懇が運動方針

 憲法改正運動を進める運動団体「日本会議」の国会議員懇談会(平沼赳夫会長、約290人)は15日の総会で、2017年度の運動方針を決定した。改憲の優先課題として、緊急事態条項の創設と、自衛隊の存在を明記する9条改正に取り組む方針を確認した。

 運動方針では「憲法最高法規としての“法の不備”を改める」として、「立憲主義を確保」するための改憲だと主張。(1)大規模災害時の国会議員の任期延長などの課題を整理し、現行法が定める緊急措置などを盛り込む(2)自衛隊の存在を、国際法に基づく自衛権を行使する組織として位置づける――を優先課題とした。その他の主要改正テーマとして、「前文」「家族」「改正手続き」「統治機構」も記した。

 また、憲法改正の早期実現を求める国会議員署名とあわせて、「憲法改正原案の国会提出を求める国会議員署名」も推進していく方針を決めた。

 ■予告

 4月は休載します。5月の憲法記念日にあわせて、別途「憲法施行70年」特集を掲載する予定です。
    −−「憲法を考える 教育無償化で改憲、妥当か 支持得やすい「有力論点」、首相が旗振り」、『朝日新聞』2017年03月28日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12863253.html





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