覚え書:「書評:レンズの下の聖徳太子 赤瀬川原平 著」、『東京新聞』2017年07月02日(日)付。

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レンズの下の聖徳太子 赤瀬川原平 著

2017年7月2日

◆脳が描く幻捉える眼
[評者]上野昂志=評論家
 赤瀬川原平は、眼と手の人だ。その眼が、あるとき、財布から取り出した千円札を捉える。むろん、それだけなら、誰もがする日常的な行為といえるかもしれない。その場合は、これ一枚しかないとか、汚れているという程度で終わる。
 だが、赤瀬川の眼は、その千円札の表面にとどまったまま離れない。印刷された模様や聖徳太子(いまなら野口英世)の顔をじっと見る。つまり、それが果たす紙幣という機能や意味でなく、一個のモノとして、印刷物として見るのだ。
 それは、無垢(むく)な子ども、あるいは文明に染まらぬ野生の眼に近いかもしれない。そして、この目は脳の「反射鏡」を介して手と結びつき、やがて畳一畳大のパネルに模写されていく。それが、どんな作業になるかは、表題作につぶさに書かれているのだが、それを書くに際しては、もう一つの眼が働いている。すなわち、模写をする一人の男の、その眼と手の動きを仔細(しさい)に見て取る小説家としての眼である。その眼は、画家の身体の動きだけでなく、眼と手を媒介する脳が勝手に描き出す幻をも見逃さない。かくて、稀有(けう)な幻想小説が生み出された。
 この眼は本作品集の他の小説でも働いているが、なかでも友人のことを書いた「風倉(かざくら)」は、アートと呼ばれる以前の芸術、いや、芸術という言葉以前の初発の表現衝動を描いていて、感動的である。
幻戯書房・3456円)
<あかせがわ・げんぺい> 1937〜2014年。前衛美術家・作家。著書『老人力』など。
◆もう1冊 
 尾辻克彦著『父が消えた』(河出文庫)。他界した父の墓地を見に行く表題作など、赤瀬川が別の筆名で出した作品集。
    −−「書評:レンズの下の聖徳太子 赤瀬川原平 著」、『東京新聞』2017年07月02日(日)付。

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