覚え書:「論点 PKOと国際貢献」、『毎日新聞』2017年05月25日(木)付。

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論点

PKOと国際貢献

毎日新聞2017年5月25日 東京朝刊

オピニオン
 
 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣されていた陸上自衛隊の最終部隊が撤収し、27日に帰国する。これにより、日本が自衛隊の部隊を派遣するPKOはゼロになる。撤収の判断やタイミングは良かったのか。憲法9条改正の是非を巡り国論が割れる中、日本の「顔」が見える国際貢献のあり方は。

自衛隊派遣「足かせ」外せ 渡部悦和・米ハーバード大シニアフェロー

渡部悦和氏


 自衛隊南スーダンの厳しい自然環境や治安状況のなかで、国連平和維持活動(PKO)の任務を立派に果たした。現地では昨年7月に大きな衝突が起きたが、現在は治安が小康状態になっており、撤収のタイミングも最適だった。南スーダンは今後、食料不足に伴う飢餓など情勢の悪化が予想されている。そうなると撤収は危険で困難を極める。

 安倍晋三首相が撤収を決断した時に野党の民進党は批判したが、そもそも南スーダンへの自衛隊派遣は、民進党の前身・民主党が政権に就いていた時代に決めたことだ。自衛隊員が無事に撤収を完了するまでの責任は、政府与党だけでなく民進党にもある。撤収を政局に利用すべきではない。

 南スーダンからの撤収で自衛隊が参加するPKOはなくなる。政府内では自衛隊が参加する次のPKOを早急に探す動きがあるが、当面はPKOを保留し、国内任務に自衛隊を使ってほしい。

 PKOは大きく変化している。南スーダンが典型的だ。当初の目的が「国づくりの手助け」であったとしても、内戦下での「文民保護」に移行するケースが増えている。つまり、紛争当事者間の停戦合意がなくても、PKO部隊は撤収することなく、活動を継続することになる。

 一方、日本には交戦権を認めない憲法9条や、紛争当事者間の停戦合意の成立などを条件とするPKO参加5原則がある。自衛隊によるPKOにいわば法的な「足かせ」がある状態だ。憲法9条を改正したり、5原則を見直したりして法的な問題を全て解決したうえで自衛隊を派遣することに異論はないが、現状はそこまでいっていない。

 また、そもそも自衛隊を何のために海外のPKOに派遣するのか、という問題がある。自衛官が使命感をもって任務を遂行するには「派遣の大義」が必要だ。例えばアフリカにまで自衛隊を派遣する場合、日本のいかなる国益に基づいているのか、という点で納得のいく説明がされるべきだ。

 自衛隊の主たる任務はあくまでも我が国を防衛することにある。自衛隊法第3条は、国連を中心とした国際平和のための取り組みへの寄与や国際協力の推進は「主たる任務の遂行に支障を生じない限度」で実施すると定めている。

 日本を取り巻く安全保障環境を見ると、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の脅威が危険な段階に入っている。軍事力を増強する中国や、いまだに北方四島を占領するロシアにも警戒が必要だ。国内では首都直下地震南海トラフ地震がかなりの確率で起きると予想されている。深刻な「内憂外患」を踏まえれば、自衛隊は国内任務に専念すべきだ。

 ただし、アジアで大規模な地震など災害が発生した際には、自衛隊が国際緊急援助活動に積極的に参加すべきだ。自衛隊はこれまでも、インドネシアスマトラ沖大地震インド洋大津波(2004年12月)などで救援活動にあたってきた。災害救援活動に関しては法的な問題は何もなく、日本は重要な国際貢献を果たすことができる。【聞き手・田中洋之】

日本人の「顔が見える」方法で 篠田英朗・東京外国語大教授(国際関係)

篠田英朗氏
 南スーダンでの陸上自衛隊の国連平和維持活動(PKO)は5年以上にわたり、一定の評価も得ていただけに「もう少し頑張ってほしかった」というのが本音だ。国際社会の中で現在、日本が国際機関を通して多元的な取り組みに参加しているのはPKOしかない。南スーダン情勢は確かに不安定な面もあるが、過去のPKO史の中で見ても、取り立てて危険で特別に困難だとまでは言えない。中国や韓国を含む約60カ国が参加を続けている中で、「道路整備が終了した」という不透明な理由で撤収することを周辺国はどう思うだろうか。国際社会全体がPKO縮小方針を出すまでは続けてほしかった。

 これで、日本は「虎の子」の存在を失うことになる。経済大国として国連加盟国の中でも貢献度が高い日本だが、最近はその比重は大幅に下がっている。今後のPKO活動をどう続けていくのか、全く先が見えない。次の一手が考えられない状況に陥った。

 こうなった理由はひとえに日本独自の「PKO5原則」の中に、実際のPKOから見ると非現実な点が含まれているためだろう。5原則を世界仕様に変えない限り、いつまでも同じことが続く。もちろん日本人として歴史的な背景や、PKOを取り巻く複雑な政治、社会状況が国内にあることは承知している。しかし、PKOはそもそも何のためにあるのかという原点を忘れてはならない。地域紛争などで苦しむ国を国際社会が一致協力して助けるために行う活動であって、国内政治や自衛隊の活動のためにあるのではない。

 まず、日本は国際貢献のためにPKOに協力する努力をする。ただし、憲法9条があるので限界があり、不要な武力行使はできないことを素直に自認し、世界に宣言する。国内でしか通用しない、詭弁(きべん)を重ねるような議論はしないことだ。心配しなくとも、国際社会や国連は日本の事情を十分、理解している。日本にはできる活動とできない活動があることを知っている。後は国連を信頼して調整は任せればいい。そこで出された方向性の中で現実に対応した5原則の見直しを進めてゆけばいいのではないだろうか。

 部隊の撤収によって日本の存在感は大きく後退するが、すぐに別の任務に部隊を派遣することは考えにくい。では、どうすればいいか。限られた形でも、日本人を積極的に現地に派遣する方法を考えるべきだろう。部隊の撤収後も南スーダン司令部への派遣は続くが、もっと他のPKO司令部にも参加したり、警察官を含む文民職員の参加を後押ししたりすべきだ。特にPKOが集中するアフリカの国際機関に人を送り込むのは効果的だ。欧州連合(EU)やアフリカ連合(AU)、北大西洋条約機構NATO)などにも数人でも出して、経験を積ませてもいい。

 とにかく何らかの方法で日本人が「世界に顔が見える」形で国際貢献してゆくことが重要だ。2国間で行う政府開発援助(ODA)だけでなく、できるだけ多国間の活動に積極的に入ってゆく。開拓の余地は残っていると思う。【聞き手・森忠彦】

武力使わぬ紛争解決模索を 谷山博史・日本国際ボランティアセンター(JVC)代表理事

谷山博史氏
 政府は3月、南スーダンで国連平和維持活動(PKO)を実施してきた陸上自衛隊を撤収させると決めたが、判断が遅れたと思う。昨年9月から撤収の検討を始めたと報道されていたが、昨年11月に駆け付け警護任務付与の閣議決定を行い、その後に新たな部隊を派遣した。新たな部隊を派遣する前に、派遣しないという決定をすべきだった。

 昨年7月の首都ジュバの戦闘について事実を踏まえた検証がされていなかった。キール大統領派とマシャール前第1副大統領派が戦車やヘリコプターを用いた戦闘を繰り広げていたにもかかわらず、政府はPKO5原則との整合性を考えて「戦闘」ではないと主張した。国会でも与野党のすれ違いが目立ち、駆け付け警護の任務付与という既成事実づくりが先に進んでしまったという印象を受ける。

 なぜ政府が撤収を決めたのか。南スーダンが事実上の内戦状態にあり、治安が比較的安定しているジュバでも、いつ衝突が起こるかわからないと認識したからではないか。政府軍や民兵の襲撃が頻繁に起こっているわけだから、駆け付け警護を実施した場合、自衛隊員が政府軍に銃を向けざるを得なくなる可能性がある。政府軍と交戦状態になれば、PKOが政府軍との敵対関係に陥りかねない。逆に、救援要請があったにもかかわらず駆け付け警護ができなかったら、国際的な問題になるだろう。

 日本国際ボランティアセンター(JVC)が医療支援を行っているアフガニスタンの経験から考えると、日本は対立した勢力が存在する場合に、どちらかの勢力に加勢をすることで紛争を根本的に解決することはできない。根本的な解決を実現するには、対話により和平合意を目指す方針を貫き通すしかないと思っている。道路整備などの民生支援に自衛隊を活用することは否定しないが、「住民保護のためには武力行使もする部隊」に変質したPKOに参加して、武力による国際貢献をしなければならないと考える必要はない。自衛隊は武器を使わないことで現地の住民を敵に回さずに活動してきた。武器を使えば一気に信頼は崩れ、武装勢力や政府軍から敵視されることになりかねない。

 過去の外交努力で言うと、1991年にパリで調印されたカンボジア和平協定は紛争当事者すべてが参加して合意した。米国はポル・ポト派を排除しようとしていたが、その米国がポル・ポト派を和平協定に入れたのは日本の働きかけが大きい。カンボジア和平のためには周辺国を招いた包括的な和平交渉のレールを敷くことが求められていた。そのためにどの国が仲介できたかと言うと、直接的な軍事関与をしていない日本だった。

 憲法9条を持つ日本は武力を用いず、支援と援助を提供してきた。南スーダンでPKOだけで紛争を解決することは不可能だ。重要なのは紛争当事者を対話の席につかせ、紛争解決の努力を続けることだ。日本が、国際社会の中で平和主義のもとに培ってきた信頼を維持しながら果たすべき役割は、「武力によらない紛争解決」を模索し続けることだ。【聞き手・南恵太】

初の自衛隊派遣は92年
 湾岸戦争後の1992年にPKO協力法が成立し、停戦合意の成立や必要最小限の武器使用などの基本方針「PKO参加5原則」が定められた。自衛隊カンボジアに同年、初めて派遣されて以来、モザンビークゴラン高原東ティモール、ハイチなどのPKOに参加。南スーダンへの自衛隊派遣は2012年1月に始まり、5年間以上の活動に延べ3912人が従事した。日本がこれまでに参加した13件のPKOに派遣された要員は延べ約1万1500人。

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 ■人物略歴

わたなべ・よしかず
 1955年生まれ。78年に東京大卒、陸上自衛隊入隊。防衛研究所副所長、第2師団長、陸上幕僚副長を経て2011年に東部方面総監。13年退職。現在、米ハーバード大アジアセンター・シニアフェロー。

 ■人物略歴

しのだ・ひであき
 1968年生まれ。早大卒。93年カンボジアPKOに文民職員として参加。ロンドン大博士課程修了。広島大平和科学研究センターを経て2013年から現職。専門は国際関係論。著書に「平和構築入門」(ちくま新書)など。

 ■人物略歴

たにやま・ひろし
 1958年生まれ。中央大大学院法律研究科博士課程前期修了。タイ、ラオスカンボジア駐在を経て2002年からJVCアフガニスタン代表。06年11月より現職。
    −−「論点 PKOと国際貢献」、『毎日新聞』2017年05月25日(木)付。

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