覚え書:「裕次郎 [著]本村凌二 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2017年09月10日(日)付。

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裕次郎 [著]本村凌二
[評者]横尾忠則(美術家)
[掲載]2017年09月10日
[ジャンル]ノンフィクション・評伝


■ヒーローと出会った。時代も僕も

 ♪俺(おい)らはドラマー やくざなドラマー 俺らが叩(たた)けば 嵐を呼ぶぜ−−♪
 裕次郎ともろ同世代の僕は彼の歌は全部歌える。慎太郎刈りとボートネックにヨットシューズ。しかめっ面をしながら、足を引きずって歩く、そっくり裕次郎はあの時代、どこにでもいた。「赤い波止場」の神戸ロケ現場に駆けつけた時、有刺鉄線に足を引っかけた、あの日、あの時の僕は〈今〉も生きている。
 裕次郎は僕たちに初めてアイデンティティーをくれた。身体性という肉体の獲得。裕次郎を源流とする身体性はメタモルフォーゼ(変態)しながら戦後の若者文化を創造する時代の核へと発展していった。そんな時代の裂け目に僕は裕次郎に会った。初対面の裕次郎は驚くほどシャイだった。その時僕は彼の中にアンファンテリズム(幼児性)を見た。そんな彼の魅力を著者は、衣服を剥ぎとるように裕次郎を裸にしながら彼の存在を浮き彫りにして、新しい時代の価値観と新しい人間像の創造を提示してくれる。
 本書の冒頭にこんなエピソードが紹介されている。裕次郎がまだ10代になりたての頃、精魂こめて丹念に作りあげた模型飛行機を丘の頂上から飛ばした。風に乗った飛行機は松林を越えて、さらに彼方(かなた)の町並みに消えていった。みんな後を追ったが裕次郎は「あれはもういいんだ」と首を振って笑った。その時、兄慎太郎は「弟にひそむ底知れない人間のもつ存在感にふれた」と告白する。このエピソードは裕次郎を知る上で非常に重要な意味を持つ。すでに、この頃から彼は国民的ヒーローとして運命づけられる因子を生まれながらに持っていたのである。
 ここでは具体的な映画10本を挙げ、虚像と実像の狭間(はざま)を埋めながら、焼け野原を経験した同世代の人間と、例えば平成の人間との間の、異なった歴史観を、裕次郎体験を通して、両者の共通言語を模索しようとする次元に読者を誘う。
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 もとむら・りょうじ 47年生まれ。早稲田大特任教授。東京大名誉教授(古代ローマ史)。『愛欲のローマ史』。
    −−「裕次郎 [著]本村凌二 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2017年09月10日(日)付。

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