日記:今日の「戦後民主主義」の最大の課題は、それを歴史上最後の「戦後民主主義」とすることである
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最後に来るのが、今日の「戦後民主主義」である。それは一九四一年一二月八日の太平洋戦争勃発の日の早朝、祖母と共に岡山から東京に向かう山陽本線の寝台車の車内放送で開戦を知った当時満五歳の私の三年八カ月に及ぶ戦争体験と不可分である。太平洋戦争のような全体戦争は、男女差や年齢差を極小化し、女性や子供や老齢者をも戦争要員とした。そのような全体戦争の強制的平準化に伴う弱者の犠牲がその代価として「戦後民主主義」を必然化したのである。それが「私の戦後民主主義」に他ならない。
「私の戦後民主主義」がそれに先立つさまざまの歴史上の「戦後民主主義」と異なるのは、それが単に権力形態の民主化や民主的政治運動の勃興のような外面的な政治史的事実として現れるだけではなく、個人の行動を律する道徳原理として内面化されているという点にある。いいかえれば、「私の戦後民主主義」は「私の個人主義」と深く結びついているという点で、それに先立つ歴史上の「戦後民主主義」とは異なる独自性をもっている。
今から一〇〇年以上前の第一次世界大戦中、夏目漱石は「私の個人主義」(一九四一年一一月)と文学を研究することの意味を求めて、「文学」の一般概念を確立しようと試みた当時の自らの立場を「自己本位」と呼び、それがその後の人生を貫く「個人主義」の原点となったと説明している。この意味の生活信条としての「個人主義」が戦後七〇年の今日を生きている日本人の間で広く共有され、それがこれまでで最長の「戦後民主主義」と持続性を保障していると私は考える。
しかし反面で「戦後民主主義」は決して「個人主義」に還元されるものではない。それは政治的共同体の組織原理であって、「個人主義」を超えるものである。そのことは、民主主義そのものが本来権力の一つの形態であることに由来している。「人民の支配」もまた権力である。「人民の支配」が具体的に何を意味するかは歴史的現実に即して永続的に問われ、批判されなければならない。丸山眞男が提起した「永久革命」としての民主主義の意味はそこにある。
以上に述べたように、日本の歴史上の民主主義は、いずれも「戦後民主主義」であった。すなわち戦争がもたらした民主主義であった。そのことは、戦争に何らかの価値を付与することを意味しない。今日の「戦後民主主義」の最大の課題は、それを歴史上最後の「戦後民主主義」とすることである。
−−三谷太一郎「歴史上最後の『戦後民主主義』に」、岩波書店編集部『私の「戦後民主主義」』岩波書店、2016年、170−172頁。
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