覚え書:「【東京エンタメ堂書店】<江上剛のこの本良かった!>翻訳小説を読もう」、『東京新聞』2017年12月04日(月)付。

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【東京エンタメ堂書店】

江上剛のこの本良かった!>翻訳小説を読もう

2017年12月4日


 翻訳小説が売れない、と翻訳家が本気で嘆いていた。確かに昔は、日本の小説より翻訳小説を読んでいた気がする。そこで最近読んだ面白い翻訳小説3冊を紹介する。
◆意表を突かれくらくら

 <1>ジェフリー・アーチャー著、永井淳訳『ケインとアベル』(新潮文庫・(上)907円、(下)853円)
 企画している小説の参考に、ジェフリー・アーチャーの小説を久しぶりに読んだ。彼は『めざせダウニング街10番地』など数々の作品が大ヒットした人気作家。彼の作品には随分と楽しませてもらったなぁと感慨深く再読。
 物語は1906年のポーランドで始まる。アベルは、深い森の中で生まれた。その後ポーランド貴族の養子になり、ドイツ兵やロシア兵に家族を殺され、収容所からの決死の逃走を敢行し、アメリカに亡命する。一方のケインはアメリカの銀行家の家庭に生まれ「すくすくと成長し、彼に接したすべての人々からかわいい子供だとほめられた」というぐらい愛に囲まれて成長する。
 その2人が出会い、憎み合い、戦い、そして最後の時を迎えるまでの怒濤(どとう)の人生を描く。息もつかせぬ展開の早さ、意表を突くストーリーに、くらくらしそうになる。永井淳氏の翻訳もいい。
◆「目」で感動 老いは新たな美

 <2>ベルンハルト・シュリンク著、松永美穂訳『階段を下りる女』(新潮クレスト・ブックス・二〇五二円)
 世界的ベストセラー『朗読者』と同じ作家、翻訳家コンビの作品。『朗読者』では「耳」で感動させられたが、絵画をめぐる今作は「目」だ。
 「一人の女性が階段を下りている。右足が下の段を踏み、左足はまだ上の段に触れているが、すでに次の動きを開始している。女性は全裸で、肌は青白く、頭の毛と恥毛はブロンドだ」。これが主人公が突然、再会した「階段を下りる女」と題された絵画だ。この表現だけでも、読者は官能的な世界に惹(ひ)きこまれる期待を抱くだろう。
 主人公は数十年前、この絵に描かれた女性を本気で愛し、弁護士人生を捨てて駆け落ちしようとした。しかし彼女は彼の前から忽然(こつぜん)と姿を消してしまった。彼は失恋の痛みを抱きながらも弁護士として成功する。
 ぜひ、主人公の立場に立ってほしい。心から求めて獲得できなかった女性が描かれた絵画を偶然見つけたのだ。その時あなたは成功し、平穏な人生にやや倦(う)み、妻も亡くしている。もしもあの時、彼女と一緒に駆け落ちをしていたら一体どういう人生を歩んでいたかと、そして彼女の今を知りたいと思わないだろうか。きっとあなたは彼女との過去の冒険譚(たん)を回想し、彼女を捜そうとするだろう。はたして主人公は…? 
 「老い」は新たな「美」であることを「目」で確認できる感動的な小説だ。
◆痺れるハードボイルド

 <3>デニス・ルヘイン著、加賀山卓朗訳『過ぎ去りし世界』(早川書房・1728円)
 著者の作品は大好き。『ミスティック・リバー』『シャッター・アイランド』など多くを堪能した。本書は『運命の日』『夜に生きる』で描かれたアメリカのギャング、コグリン一家もの3部作完結編だ。
 舞台は第2次世界大戦下、1942年のフロリダ州の都市タンパ。引退し、実業家として息子と2人で平穏に暮らす元ギャングのボス、ジョー・コグリンが主人公。
 ジョーはギャングから足を洗ったものの、タンパの表と裏の社会をつなぐ懸け橋の役割を果たしていた。ある時、目の前に6、7歳の少年が現れる。頭にはジョーが子供のころにかぶっていた、ぶかぶかのゴルフ帽が載っている。それが不吉の始まりだった。
 ジョーは、女殺し屋テレサから頼まれたという看守の若者から、あなたの命が危ないと伝えられる。命が狙われる理由が分からない。ジョーテレサに会い、「灰(アッシュ)の水曜日(ウエンズデー)」に殺されると告げられ、自分を狙うギャングたちとの命懸けの暗闘に巻き込まれていく。いつものハードボイルドに痺(しび)れてしまう。これもルヘインものを多数手がける加賀山卓朗氏の名訳のおかげだ。
    −−「【東京エンタメ堂書店】<江上剛のこの本良かった!>翻訳小説を読もう」、『東京新聞』2017年12月04日(月)付。

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東京新聞:<江上剛のこの本良かった!>翻訳小説を読もう:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)


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