覚え書:「ニッポンの宿題 若者の社会保障:3 のしかかる奨学金 岩重佳治さん、林恵子さん」、『朝日新聞』2017年08月02日(水)付。

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ニッポンの宿題 若者の社会保障:3 のしかかる奨学金 岩重佳治さん、林恵子さん
2017年8月2日

写真・図版
奨学金の受給者<グラフィック・上村伸也>
 ■若者の社会保障:3 学び

 奨学金は、大学生では2人に1人、2013年度では177万人の「学び」を支えています。しかし、卒業後も長く取り立てに苦しめられ、人生の選択肢が狭まってしまう人は少なくありません。雇用が不安定な時代、どんなしくみが求められるのでしょう。

 ■《なぜ》返済の重荷、人生の選択縛る 岩重佳治さん(弁護士)

 奨学金は特殊な借金です。そして、利用した大学生は平均で300万円を超す借金を抱えて卒業し、以後、最長20年にわたって返済が続きます。返済できずに3カ月以上延滞する人は、17万人近くいる。近年、過酷な取り立てが問題になっています。

 返済はできても、返す過程で無理を重ね、結婚や子どもを持つことをあきらめる人もいる。奨学金は、教育を受ける権利を保障する手段であり、教育は充実した人生を送るためにあるはず。なのに、借金に縛られて実現できないのであれば、本来の目的とかけ離れていると言わざるをえません。

 大学生の2人に1人は、何らかの奨学金を利用しています。1990年代半ばは、約2割でした。平均所得は90年代後半から大きく下がり、いま、労働人口の約4割は年収300万円以下。大学生が受け取る仕送り額も減っています。一方で、大学への交付金助成金が削減され、学費は高止まりしている。「国立なら安い」は昔話です。75年度に国立大の授業料は3万6千円でしたが、いまは53万5800円です。多くの学生が奨学金に頼り、アルバイトに励むことになります。

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 特殊というのは、金を貸す側は普通、返済能力を審査しますが、卒業後の経済状況がまったく不明な入学した時点で貸すからです。大卒だからと安定した職が約束される時代ではありません。職を失ったり、収入が減ったりすれば、とたんに返済に困る。返済能力を考慮しないので、返せなくなる人が出るのはやむをえないのです。

 なのに、延滞金まで課され、貸し付けの9割を占める独立行政法人日本学生支援機構は、返還訴訟も辞さない。猶予や減免の制度もありますが、条件が厳しい、入手が難しい過去の所得証明を求められる、機構の裁量で利用が制限されるなど、ほとんど救済になっていません。そもそも先進国では、返済の必要がない給付型が主流なのに、日本では昨年度まで、機構の奨学金には返済が求められる貸与型しかありませんでした。

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 さらに解決を難しくするのが、親との関係です。借りるときに親が主導し、口座も親が持つことが多い。知らないうちに親が借り、卒業後にいきなり機構から訴訟を起こされた例すらある。親に「実家から仕事に通えば返済を手伝う」と言われたために、独立できず、実際は手助けもなかった、という話もよく聞きます。最終的な解決手段は自己破産ですが、「恥をさらすな」などと反対されれば、選択肢はなくなります。

 右肩あがりに給料が増え、家族の関係も安定している。そんな前提でつくられた制度が、不安定な時代になり、齟齬(そご)がでています。

 80年代以降、奨学金は民間資金を活用する形で規模を拡大してきました。利用できる人を増やそうとした狙いは理解できますが、債券などで市場から資金を調達し、事実上の金融商品を学生に売りつけ、回収に躍起になる。これは変でしょう。

 「借りたら返すのは当然」と言う人がいますが、経済的に苦しんでいる人に、さらに借金を押しつけるのは正義でしょうか。「大学に行かなければいい」とも言われますが、いまの仕事では多様な能力を求められます。高等教育の必要性は高まっています。

 国が責任を持ち、安心して使える奨学金制度に立て直すべきです。たとえば、収入の変化によって返済計画を組み替え、免除も奨学生の立場にたち柔軟に認める。実情にあわせた救済制度の改善など、返済に苦しむ人たちへの対応も急がれます。経済的に一息つければ、結婚や出産をあきらめずにすむ可能性もあるのですから。

 (聞き手・山田史比古)

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 いわしげよしはる 1958年生まれ。2013年設立の「奨学金問題対策全国会議」で事務局長。著書に「『奨学金』地獄」など。

 ■《解く》幼少教育からの支えも大事 林恵子さん(NPO法人「ブリッジフォースマイル」代表)

 施設に預けられている子どものうち、大学や専門学校へ進学するのは2割強で、進学率は全国平均の3分の1にすぎません。経済的な理由から進学を、ひいては人生においての希望を失う子どもたちがいます。

 公的支援が不十分ならば、NPO法人として、奨学金を支給することで、機会の格差を解消できないか。そんな思いが募り、大学や専門学校に進学する児童養護施設などの子どもを対象に、返済不要の給付型奨学金プログラムを始めたのは、2011年のことです。

 自分が将来かなえたいことを語る「カナエール 夢スピーチコンテスト」への参加が条件で、これまで124人が参加しました。応募時点で選考はありますが、通過した参加者全員に一時金として30万円、卒業まで毎月3万円を渡します。原資は、コンテストの観客が支払った5千円のチケット代と個人などからの寄付です。

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 ただ、最初の年に支給した10人のうち、4人は学校を中退しました。施設を退所した後、近くに頼れる大人がいた環境は変わります。精神的にも不安定になりやすい。子どもたちの気持ちと動機づけを踏まえた設計が、上手になされていませんでした。

 そこで、発表が終わった後、カナエールで関わった大人が、SNSや面談などを通じて卒業まで見守り続けます。お金を渡して終わりではなく、卒業まで一人ひとりに合わせた精神的なサポートをするのです。この取り組みで、中退率は改善しました。

 実は、カナエールは今年で終わります。非常に枠が狭かった給付型の奨学金は大きな財団も手がけるようになり、国も創設したからです。特に国の動きは非常にありがたいですが、子どもたちの不安定さを考えると、カナエールのようにお金と精神的サポートをセットにした支援が必要と感じます。

 給付型の奨学金はすべての人が対象ではありません。税金でいわば投資するわけですから、対象者はある程度絞られてもよいと思います。

 カナエールにも、「意欲」や「継続力」といった選考基準がありました。国の給付型は学力の要件があり、児童養護施設の子どもだからといって、無条件には認められません。それでもモラトリアムのために大学に行かせよう、というのなら、利子のない貸与型の奨学金という手段もあります。

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 子どもの意欲や基礎的な能力、学力が培われる時期は、大学入学より前の幼いころです。できるだけ機会の不平等なく、人生の早い時期からすべての子どもの学びを支える発想が、奨学金の枠組みに加えて大事だと思います。

 保護者がいない子どもや貧困家庭の子は、勉強や小さな成功体験を積めるような習い事の機会が限られ、不利です。内面の成長を助ける経験がごそっと欠けた状態で、「さあ、大学だ」とだけ迫っても、圧倒的に力の差がある。

 就学前や小学校など早い時期に、たとえば児童養護施設の子どもに知的好奇心をくすぐるような遊び道具を配る、自然体験の機会につれていくといった取り組みをして、均衡を保つ努力はできないものでしょうか。

 大学無償化という議論もありますが、働く力を養えないような、変な大学が生き残る策になるくらいなら、他にやるべきことはたくさんあるはずです。

 また、大学や専門学校に行くタイミングも、高校を卒業してすぐでなくてもいい。「働いてみたけど、進学してみたい」というように、時間をかけて検討したり、失敗してもやり直せたりするチャンスが、どんな子どもたちにも与えられる環境を整えてほしいです。

 (聞き手・高橋健次郎)

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 はやしけいこ 1973年生まれ。2005年にNPO法人を設立。児童養護施設の子どもたちの自立支援を行っている。
    −−「ニッポンの宿題 若者の社会保障:3 のしかかる奨学金 岩重佳治さん、林恵子さん」、『朝日新聞』2017年08月02日(水)付。

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