覚え書:「悩んで読むか、読んで悩むか 宮尾登美子の生き方に触れては 山本一力さん」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。

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悩んで読むか、読んで悩むか 宮尾登美子の生き方に触れては 山本一力さん

悩んで読むか、読んで悩むか
宮尾登美子の生き方に触れては 山本一力さん
2018年01月21日

48年生まれ。作家。『あかね空』で直木賞。最新刊は『牛天神』(文芸春秋)。

■相談 同僚女性との落差に心ふさぎ愚痴も

 夫が営む会社が業績不振に陥り、借金返済と生活のために、私はパート勤めに出ました。けれども、同僚女性との落差(旅行、グルメ、子や孫への援助)に心がふさぐことがあります。社会人になった3人の子どもたちがいろいろと助けてくれますが、周囲と比べて、どうしても愚痴が出てしまいます。こんな私を奮い立たせてくれる本、ありませんか。
 (岐阜県、パート女性・58歳)

■今週は山本一力さんが回答します

 当人が抱く悩みは、他人と比べられるものではない。そんなこと、悩みにもならないわよと軽く言われても、いささかも晴れぬものだ。
 悩みを解決できるのは、当人の気力だけだ。奮い立たせる源を本に求めれば、自分の力で立ち上がれる。
 宮尾登美子さんの『櫂(かい)』こそ格好の一冊だと、確信して薦めたい。
 物語には、ここでは触れない。長い話だが読み始めるなり「途中で本を措(お)く能(あた)わず」となるだろう。
 本書推奨の理由は、作者・宮尾登美子自身の生き方が、あなたを立ち上がらせると思うからだ。
 『櫂』は、宮尾さんが出自と向き合って書き下ろした作品である。
 しかし、いわゆる私小説ではない。宮尾さんが限られた私財を投じて世に出した、自費出版本だった。
 郷里・高知から上京したとき、宮尾夫妻は6畳ひと間に暮らした。そして文机代わりにミカン箱を使い、原稿を書き続けたという。
 注文があって書いたのではない。書かずにはいられなかったのだ。書くことで、自分を奮い立たせた。
 これは独断の私見だが、宮尾さんの原稿は、ご主人・宮尾雅夫氏が添削されたと思う。
 作中に描かれた高知市内、わけても物売り女性などの風俗描写は、そのまま史料たり得る。
 長い物語の整合性、時代背景などをチェックできたのは、高知新聞学芸記者だったご主人だけだろう。
 『櫂』は、宮尾記者と登美子さんとが一体となった宮尾登美子の著作だと、深い感銘を覚えている。
 編集ライターなどの限られた収入を投じてまで刊行した自家本。
 高知県立文学館には、布で装丁された原本が遺(のこ)されている。
 この本が目に留まり、筑摩書房が出版。太宰治賞も受賞できた。
 妻の才能、筆力を信じ、書き続けることを求めた夫。それに応えたことで、作家宮尾登美子が誕生した。
 あなたの目が内に向けば、できることは山ほどあろう。家族一丸を作り出せるあなたなら、読了時には気力もみなぎっているに違いない。
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 次回は書評家の吉田伸子さんが答えます。
    ◇
 ■悩み募集
 住所、氏名、年齢、職業、電話番号を明記し、1月末までに郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho−soudan@asahi.comへ。採用者には図書カード2000円分を進呈します。山本さんと吉田さん以外の回答者は次の通り(敬称略)。石田純一(俳優)、荻上チキ(評論家)、斎藤環精神科医)、壇蜜(タレント)、穂村弘歌人)、三浦しをん(作家)、水無田気流(詩人)。
    −−「悩んで読むか、読んで悩むか 宮尾登美子の生き方に触れては 山本一力さん」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。

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