覚え書:「特集ワイド 朝鮮人虐殺事件、小池知事が追悼文見送り 米国の分断、対岸の火事か 今ここに、歴史の危機」、『毎日新聞』2017年09月12日(火)付夕刊。


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特集ワイド

朝鮮人虐殺事件、小池知事が追悼文見送り 米国の分断、対岸の火事か 今ここに、歴史の危機

毎日新聞2017年9月12日 東京夕刊

関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典で、追悼碑の前で手を合わせる参列者たち=東京都墨田区で1日午後0時17分、中村藍撮影

 「東京」の歴史を書き換えようとしているのか。関東大震災から94年の今年、小池百合子都知事が慣例だった朝鮮人虐殺事件犠牲者への追悼文送付を拒否した。式典主催団体や歴史学者らが批判する一方で、ヘイトスピーチ(差別扇動表現)を続ける団体などからは歓迎の声が聞こえる。トランプ政権の下で白人至上主義団体らが勢いづく米国の現状は、対岸の出来事と言えるのか。【井田純】

 「彼らを殺したのは災害ではなかった 災害を生き延びた人を日本人が殺したのだ」

 9月1日、東京都墨田区横網町公園関東大震災後に流言によって軍や警察、民間の自警団に虐殺された朝鮮人犠牲者を悼む式典では、こんなプラカードを掲げて抗議する人たちの輪があった。

 1973年に追悼碑が建立されて以降、歴代の都知事は、朝鮮人虐殺という「いわれのない被害」を悼み、「二度と繰り返すことなく」するために、「世代を超えて語り継いで」いくことを追悼文に込めてきた。

 主催者は、例年通り追悼文を出してほしいと再三求めたが、都は「出さない」と通告。小池知事は、虐殺事件について「さまざまな見方がある。歴史家がひもとくもの」と語ったが、インターネット上などでは「虐殺自体がなかった」といった主張さえ目立つようになってきた。だが、政府の中央防災会議でさえ、虐殺の犠牲者は震災死者10万5000人の「1〜数%」に上るという推計を報告書に記している。

 著書「九月、東京の路上で」(ころから)で、震災後に流言が広がり、朝鮮人虐殺が拡大していく事態を文献や証言から描き出した著述家の加藤直樹さんはこう見ている。「小池知事は、記者会見でも『虐殺』『殺害』といった言葉を慎重に避けています。追悼文をやめたことが、虐殺という事実を隠蔽(いんぺい)する最初の入り口になってしまうのではないでしょうか」

 朝鮮人虐殺事件を「過去」のものにできないことをはっきり示した調査結果がある。

 東日本大震災の発生から5年が過ぎた昨年9〜10月、東北学院大の郭基煥教授(共生社会論)は、仙台市沿岸部及び中心部の住民を対象に、震災時の流言などに関する調査を行った。770人の回答者の51・6%が「被災地における外国人による犯罪のうわさ」を耳にした。このうち86・2%がそのうわさを「とても信じた」「やや信じた」と答えている。

 「誰が(犯罪を)したと信じたか」(複数回答)の問いには、「中国系」(63・0%)、「朝鮮・韓国系」(24・9%)、「東南アジア系」(22・7%)という結果だった。宮城県警は震災直後、チラシやウェブサイトなどでこうした流言を否定してきたが、「外国人が遺体から貴金属を奪っている」といったデマが拡散し続けた。

 在日コリアン3世の郭さんは、この種の流言が広がった構造をこう分析する。「震災直後は『非常時でも秩序正しい日本人』というイメージが盛んに流れました。一方、住民の間では『被災地で犯罪が横行しているらしい』という認識もあった。『おかしなことをしているやつら=外国人』といううわさは、このギャップを埋める機能を果たしたと考えられます」

 郭さんは「実際に『自警団』もどきの組織を作って外国人を見つけたら暴行しようと考えていた集団がありました。暴行が起きなかったのは、外国人の実数が少なかったことなどによる偶然に過ぎないのではないかと思えてきます」と振り返る。

 小池知事の追悼文拒否についてはこう批判する。「知事が、朝鮮人惨殺という事実を否定する歴史修正主義の見方をうのみにしているとすれば、歴史修正主義がメインストリーム(本流)になったことを意味します。そうではなく、惨殺の事実を知っていながら、あえて追悼を拒んだとしたら、知事自身が歴史修正主義の先頭を走っていくということになるのです」

 さらに、小池知事が掲げる「都民ファースト」ゆえに追悼文を拒んだと仮定すれば、朝鮮半島の植民地化という事実にも目を背けていることにつながってしまう、と警告する。終戦まで、朝鮮人大日本帝国の「臣民」であり、今で言う都民だったが、いわれなき差別を受けてきた。「現在の東京に暮らす韓国籍朝鮮籍の住民も、納税の義務などを負った都民であることは間違いない。しかし、知事の追悼文拒否という行動から考えると、都民は今も昔も日本人だけで構成されている、という二重三重に倒錯した意識が読み取れてしまう」。再び人々をパニックに陥れる出来事が起きれば、また不幸な歴史が繰り返されるのではないか−−。郭さんの憂慮は深い。


ステージで熱唱する中川五郎さん=東京都武蔵野市で8月29日、宮武祐希撮影
怒り、歌い継ぐ
 フォークの調べが、グロテスクな民族差別を描いていく。8月、東京・吉祥寺のライブハウス。ステージの上でギターをかきならす中川五郎さんの痩身(そうしん)が、怒りを込めたように揺れる。歌は、9月5日にリリースされた「トーキング烏山神社の椎ノ木ブルース」。関東大震災翌日の夜、土木作業現場に向かっていた朝鮮人労働者十数人が、現在の世田谷区千歳烏山で、自警団に殺傷された事件を題材にしている。

 ベトナム反戦運動が高まりを見せた60年代にフォーク歌手として活動を始めた中川さんがこの曲を作ったのは2014年。きっかけは、前出の加藤さんの著作を読んだことだった。「震災時の朝鮮人虐殺は、下町で起きたことというイメージでした。自分が15年ほど暮らした千歳烏山でも過去にこうした事件があったと知り、歌にしなければ、と」

 歌は、今も烏山神社の参道にそびえるシイの木の描写から、23年9月2日の夜に付近で起きた事件の模様へと移っていく。軽やかに、淡々と語りかけるようだった歌声は、犠牲となった朝鮮人労働者の恐怖や悲しみを映すように熱を帯びた。

 18分近い曲の最終盤の歌詞はこうだ。

 ♪残った4本のシイの木は、90年後のこの国の姿を見つめている 90年後のこの国でまた繰り返されていることを見て一体何を思うのか

 ステージ前、中川さんに歌詞に込めたメッセージを問うとこう返ってきた。

 「日本だけではなくて米国を見ても、差別することや違ったものを排除することが当たり前のようになっています。今回のように、あったことをなかったかのように言う人たちに、行政のトップが加担するようなことが起きています。差別や戦争に対して声を上げてきたはずの僕たちの世代の責任もあると思っています」

 米国では、8月に起きた、白人至上主義団体と反対派が衝突し反対派の1人が死亡する事件を機に社会の「分断」が深まっている。トランプ大統領は「悪いのはどっちもどっちだろう」というメッセージを発し、白人至上主義団体側を擁護するかのような姿勢を崩していない。歴史の書き換えや排外主義がはびこるのを防ぐにはどうしたらいいのか。ヒントは中川さんのギターに貼られたメッセージにあるかもしれない。

 「大きな世界を変えるのは ひとりの小さな動きから」
    −−「特集ワイド 朝鮮人虐殺事件、小池知事が追悼文見送り 米国の分断、対岸の火事か 今ここに、歴史の危機」、『毎日新聞』2017年09月12日(火)付夕刊。

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