覚え書:「争点隠し、排除と差別を助長 寄稿、三島憲一・大阪大名誉教授」、『朝日新聞』2017年10月05日(木)付。


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争点隠し、排除と差別を助長 寄稿、三島憲一・大阪大名誉教授
2017年10月5日

三島憲一さん

 ■右翼政党躍進のドイツから考える 寄稿・三島憲一(大阪大名誉教授〈ドイツ思想〉)

 「自国第一」の風がついにドイツにも――。メルケル首相率いる与党が第1党を維持した9月の総選挙で、右翼政党が第3党に躍進したことに衝撃が走った。時に「西側リベラルの最後の守り手」と評され、模範的な政治家として語られるメルケル氏の足元で何が起きていたのか。ドイツに滞在する三島憲一・大阪大名誉教授(ドイツ思想)に寄稿してもらった。

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 ドイツの総選挙で、メルケル氏は政権を維持できたが、極右政党「ドイツのための対案(AfD)」が約13%の票を取り、一気に第3党に躍進した。AfDの主張内容は最近のドイツではありえないレベルのものだ。選挙戦でAfDの要人たちは「二つの世界大戦でのドイツ将兵のがんばりをもっと評価せよ」「ホロコーストの記念碑はドイツの恥辱」「難民は帰れ」といった発言を繰り返した。

 専門的に見れば、13%という数字自体は、驚くべきことではない。いざとなると権威に弱く、逆に自分たちを権威にして外国人、それも特定の地域出身の外国人に排除的な態度をとる――。こうした「ネオナチ的な」心性の持ち主がドイツ市民の15%程度いることは専門家の報告で知られていた。

 AfDのトップの一人アリス・ワイデル氏は、スリランカ出身の同性の人と暮らしている。これまでの偏見を超える文化的左翼と思いきや、相続税を否定し、最低賃金制に反対するネオリベラリズムの権化だ。差別発言は目に余るものがある。でも、これも驚くべきことではない。差別の線引きは、階級、性、人種、宗教、言語、その他、都合に応じて変貌(へんぼう)することは専門家がつとに指摘するところだ。ワイデル氏のような金融エリートの軽快なフットワークと自由な生活が右翼と結合するのも驚くべきことではない。

 問題は、そうした心性が噴出する政治的条件ができてしまったことだ。

 なによりも大きな要因は、メルケル首相自身のビジョンの乏しさであり、さらには民主主義的制度の道具的な利用であると筆者は見る。彼女は、原発廃止への方向転換でも、難民受け入れでも、あるいは同性結婚の承認でも、すべて自身のビジョンというよりは社会民主党緑の党の案を受け入れてきた。「アイデア吸い取りマシン」などとも形容される。ほとんど日和見的である。

 原発に関しては、福島の原発事故を他人事(ひとごと)とは思わない市民の興奮状態に恐れをなした方向転換だった。難民問題でも、人間の尊厳に固執する世論の圧力を読んだ決断だった。リベラリズムの最後の守り手と言われているが、それは世論がリベラルだからであって、緊急対応能力でそれに便乗してきただけだ。

 実際に今回の選挙では、難民問題を全く取り上げず、好調な経済指標をオブラートに争点隠しに走った。難民の基本権保護をもっと強調し、その上で、少子化の社会で難民は長期的には経済的にも「儲(もう)かる」と説得できていれば、これほどのことにならなかったかもしれない。結果は、同じく争点隠しの対象となった激烈な格差のなかで不安を抱える人々が、右からの威勢のいいキャッチフレーズに乗ることになった。

 今回のドイツの選挙結果から学べるのは、争点隠しや議論封じという形で、民主主義の制度を道具的に利用し国民を操ろうとすると何が起きるのかということだ。議論という民主主義の核をつぶし続ければ、差別は助長され、社会不安がよりあおられていく。

 ■同じ恐れ、日本でも

 世論が日本よりリベラルなドイツでもそうだ。ましてや安倍首相のように、自分の困難を「国難」と言いくるめて議会を解散し、民進党の前原代表のように一夜にして党を溶かす小手先のやり方が続けば、心地よさげな一体化の幻想のなかで排除と差別が助長されるだろう。いかに順応型であっても基本的にはリベラルなメルケル首相がそんなことを望んでいないことだけはたしかだ。安倍首相ら日本の政治家が望むのは、まさに偽りの一体感のなかの排除と差別だとは思いたくないが……。
    −−「争点隠し、排除と差別を助長 寄稿、三島憲一・大阪大名誉教授」、『朝日新聞』2017年10月05日(木)付。

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