日記：生活の圧迫に反抗して民衆運動の起るのは世界普通の現象である。
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我々の今度の暴動に於て更に一層深く感ずる事は一旦激発した民衆の力の非常に怖るべきものたるの事である。場所によっては剣戟も銃砲も之を奈何ともする事が出来なかつた所すらある。こんな事が再々あつては我国の将来が気遣はれると云ふ人もあるが、其心配には誠に同情に堪へない。併しながら民衆と云ふものは一遍やつたからと云つて之に味を占めて翌日も明後日もやると云ふ風にさう軽々しく動くものではない。或意味に於て民衆は非常に激しい易い一面があると共に存外激せしめ難い一面もあるものである。そこで騒動が長くて一週間も続けば又元のやうに鎮るを例とするではないか。さればと云つて又民衆の騒動は何時でも竜頭蛇尾に終る一時的の根柢のない空騒であると云ふ風に見るのも亦大いなる誤りである。永くは続かないが然し竜頭蛇尾に終る根柢のない空騒丈けではない。畢竟するに之を憂ふ可きものと見ねばならぬ事になるか、或は空騒として軽蔑して可なるものとなるかは民衆夫れ自身に非ずして当局者の施設如何にかゝるものである。後の遣方が良ければ先の運動が竜頭蛇尾の空騒ぎに終るならんも、後の遣方が悪るければ時を隔てゝ二度も三度も繰返さるゝ。為めに国家は之が為めに非常な不利益を蒙る事になる。只今度の暴動に就いて一つ遺憾に堪へないのは一旦起り出すと動もすれば暴動の形を執り常軌を逸して自他を損ずるを顧みざる事である。予等は民主運動の起るに至つた理由に就いては厭くまでも同情する。又かゝる運動にでも拠らなければ達せられない至当の要求を彼等が有つて居ることをも承認する。けれども此要求をいよいよ事実に表はすとなると彼等のなす所は丸で当初の要求とは何等の関係もない滅茶苦茶な運動になる。之が実に識者の痛嘆して措かざる所である。そこで政府でも力を尽して之が鎮圧を試るのであるが之が又十分に其効を奏するものでもない。何故なれば暴動の鎮圧は又其已むを得ざる余弊として正当なる要求其物をも抑圧するの形を執るからである。茲に民衆運動は処理に非常に困難な所がある。茲に於て我々は応急的方策は別として根本の解決としては宗教教育の社会的勢力の振興を念はざるを得ない。蓋し民衆の要求は之を抑ふる事が出来ない。而して之を強いて抑ふ可からずとすれば、出来る丈け合理的方法に拠つて之を訴へしむる途を開かなければならない。西洋に於て民衆運動が、殊に昨今正々堂々極めて猛烈に而かも極めて着実に行はるゝ所以のものは一に宗教々育の力が隠然として一般民衆を支配して居るからである。宗教家と教育家の最も尊敬せらるゝ国程民衆の運動は常に規律と節制とに富んで居る事は争はれない。根本の培はれて居る国は何事が起つても危気がない。
−−吉野作造「米騒動に対する一考察」、『中央公論』一九一八年九月。
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