覚え書:「耕論 平成の政治とは 待鳥聡史さん、佐藤俊樹さん」、『朝日新聞』2017年11月01日(水)付。


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耕論 平成の政治とは 待鳥聡史さん、佐藤俊樹さん
2017年11月1日

グラフィック・野口哲平  

 自民党の圧勝に終わった衆院選。平成初頭からの政治改革がめざした二大政党制という「夢」は、本当についえたのか。政権交代が遠のいたのは、制度の欠陥ゆえか、社会の変化のためか。平成の30年の政治は、日本に何をもたらしたのだろうか。

 ■政権交代、非自民の行動次第 待鳥聡史さん(政治学者)

 今回の選挙結果は、野党側の失策という面もありますが、平成初期からの政治改革に不十分な点が残っていることや、選挙制度改革の際に未知だった現象が起きていることを示したものと思います。

 改めて認識されたのは、非自民の勢力が分かれていたら、自民の圧勝になることです。本気で対抗するなら、選挙協力を徹底し、少なくとも小選挙区では必ず自民対非自民の構図を作るべきです。

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 だが、現行の衆議院選挙制度は必ずしもそれを後押ししない。小選挙区があることではなく、比例代表との並立が問題です。前回までの共産党のように、小選挙区で当選可能性がない小政党が比例代表での得票増のために小選挙区に候補を立てる。また、政党が分裂することへの躊躇(ちゅうちょ)がなくなる。すると、一緒になって対抗するはずの勢力が、分かれて選挙に臨んでしまう。分かれて筋を通すことを重んじる比例代表と、まとまって対抗することを必要とする小選挙区の並立から生じる矛盾です。

 2005年の郵政選挙以降、衆院選では上位二つの政党が伯仲した結果にならず、一方が300議席前後をとっています。小選挙区制では、第1党と第2党との間で勢力が揺れ動く「スイング」が起こるのですが、比例代表との並立のために、小選挙区で候補を立てる小政党に、劣勢な側の党が大きく足を引っ張られる。その分、スイングの振れ幅が大きくなり、優勢な側の党がさらに大勝します。

 さらに先進国の多くに共通する現象として、主要政党が強固な支持基盤を持たなくなっている。自分の支持基盤に経済的なパイを手厚く分配することが難しくなり、政党と支持者の関係が流動化しています。浮動票や「風」頼みにならざるをえないことも、選挙結果の振れ幅を大きくしています。

 自民党は伝統的な支持基盤が強く残り、公明党の協力もある。それでも、2009年の衆院選では120議席程度まで落ち込んだ。自民ですらそうなので、非自民側はもっと底が抜ける。連合はある程度固定的な支持基盤ですが、労組の組織率も下がり、実質的な集票力は非常に落ちています。

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 政治改革の目的の一つは、旧社会党のような政党をつくらないことでした。3分の1程度の議席を占めながら、批判勢力であることに安住する。外交と安全保障、護憲に過度に軸足を置き、社会・経済的な政策には低い優先順位しか与えない。そうではなく、有権者が最も重視する社会・経済政策について自民党との違いを打ち出し、政権交代をめざす政党の出現を促そうとしたのです。

 前原誠司氏が野党共闘路線をやめたのも、この前史を踏まえるとわからないでもない。民進党は安保法制反対から、外交や安全保障を最大の争点にする姿勢が強まり、旧社会党的な政党になりそうだった。今回、野党共闘で多少議席を伸ばせても、政権はとれないという判断だったのでしょう。

 野党第1党の立憲民主党が、政権交代を本気でめざすなら、安保法制廃止や護憲が前面に出るようでは厳しい。自公よりも少し弱者に優しい社会・経済政策に主張の基盤を置く必要があるでしょう。ただそのときに、共産党との共闘関係を続けられるかどうか。

 平成の政治改革がめざした二大政党制が、見果てぬ夢に終わったとは思いません。現行制度がもつ二大政党化への推進力は決して小さくない。2009年の民主党は結党13年で政権をとりました。特に非自民側が制度の特徴を踏まえた行動がとれれば、今後も大きなスイングは起こりえます。

 しかし今回の選挙では、10年後の日本の社会や経済をどうするといった中長期的なビジョンがほとんど出なかった。そこで論戦を挑まないと、政権を担える勢力という評価は得られず、現状維持の選挙が繰り返されるだけでしょう。

 (聞き手 編集委員・尾沢智史)

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 まちどりさとし 1971年生まれ。京都大学教授。専門は比較政治論。著書に「代議制民主主義 『民意』と『政治家』を問い直す」「政党システムと政党組織」など。

 ■「強い首相」支持率が牽制 佐藤俊樹さん(社会学者)

 平成は、グローバル化という潮流のなかで日本の「総中流社会」が崩壊し、格差が広がっていった時代です。その変化に対応しながら、より公平な社会をつくっていく。それがつねに政治の焦点になってきました。

 小泉政権の郵政改革、マニフェスト選挙で政権交代を実現した民主党……。平成の政治の基本潮流は「改革路線」でした。保守・革新の枠を超えて、政党の崩壊や分裂を繰り返しながら、改革の旗印が消えることはありませんでした。ところが、今回の衆院選ではその旗手に名乗りをあげた希望と維新が票を伸ばせなかった。「改革の時代」の終わりではないでしょうか。

 新しい国会の勢力図は自民、立憲民主、希望、公明、共産、維新です。立憲民主を「社会+民社」と考えれば、要するに自民、社会、民社、公明、共産という懐かしき面々。二大政党制という平成の夢が破れ、一周回って、安定与党対批判勢力という昭和の政治に戻ってきた感があります。

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 背景にあるのは有権者の改革疲れだと思います。平成の初頭、日本は米国を脅かす経済大国でしたが、GDPは伸び悩み、今では中国に抜かれました。苦しい改革を重ねてきたのに、人々の暮らし向きはさほど変わっていません。

 現在の日本経済は世界経済の動向に大きく左右されます。政府が打ち出す政策の効果はもともと限られている。さらに、以前は低成長や少子高齢化は日本特有の課題だとされていましたが、最近は多くの国で同じ状態になりつつある。横並び意識が強い日本人には危機感を感じにくい状況です。

 安倍政権の安定ぶりにはそんな巡り合わせもあったように思います。「改革」の旗印がまだ説得力を持ちつつも、次第に政治への期待が低下していった。

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 そのなかで、政治のあり方自体も大きく変わってきています。

 まず、政治家が「選良」ではなくなった。むしろ「政治は変わった人たちがやること」になっています。今回の選挙でもスキャンダルを抱えた候補者の善戦ぶりが目立ちました。漢字を読み間違えた首相をマスコミが批判したり、失言をとりあげたりしても、「上から目線で足を引っ張っている」という反発が起きる。「立派な人」でないことは、もはや政治家にとって致命傷ではないようです。

 それはもう一方で、インテリ層への不信につながっています。グローバル化は国内での格差を広げながら、国外の人に機会を開くことになりました。それに反発する人々にインテリ層が「ポピュリズムだ」とレッテルを貼れば、「この人たちは自分たちの味方ではない」と思われます。トランプ大統領を生み出した米国民の感情と同じです。インテリ層は「みんな」の声を代弁しないし、代理もしてくれない。そんな風に見られています。現代の政治で「みんな」の声を代表するのは世論調査です。

 衆院小選挙区比例代表並立制の下では、首相のリーダーシップが強化されます。これも平成の産物ですが、そうなると、国会ではその強い首相を牽制(けんせい)しきれない。それらに代わり、世論が首相をコントロールするようになりました。人々が「これは行き過ぎ」と感じると、マスコミ各社の世論調査で一斉に内閣の支持率が低下し、方向転換を余儀なくされる。いわば首相と世論が直接対話して政治を動かしていく。今後もこのスタイルは続くでしょう。

 平成の格差拡大のツケは社会保障に回されました。少子高齢化も進み、負担の不公平が目立ちます。安倍首相は是正に向けて「全世代向け」を打ち出しましたが、若者施策を重視すれば、高齢者の医療費などは削らざるを得ない。団塊の世代がどこまで受け入れるのか。これもまた首相と世論の対話のなかで解決していくしかありません。

 (聞き手・日浦統)

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 さとうとしき 1963年生まれ。東京大学教授。統計を使った階層社会の研究で知られる。著書に「不平等社会日本」「格差ゲームの時代」など。
    −−「耕論 平成の政治とは 待鳥聡史さん、佐藤俊樹さん」、『朝日新聞』2017年11月01日(水)付。

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(耕論)平成の政治とは 待鳥聡史さん、佐藤俊樹さん:朝日新聞デジタル