覚え書:「耕論 リベラルを問い直す 山口二郎さん、竹内洋さん、増原裕子さん」、『朝日新聞』2017年10月31日(火)付。

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耕論 リベラルを問い直す 山口二郎さん、竹内洋さん、増原裕子さん
2017年10月31日

写真・図版
グラフィック・佐藤慧祐

 衆院選で躍進した立憲民主党。「リベラル」(自由)な価値観を重視する政党との期待がある一方、保守との境界そのものがあいまいとの指摘もある。リベラルとは。改めて問い直す。

 ■保守の護憲派含め再編を 山口二郎さん(法政大学教授)

 私が世話役を務める「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)は、総選挙で立憲民主党共産党社民党と安保法制・憲法9条改正反対、原発再稼働反対、森友・加計学園疑惑の徹底究明など7項目で合意し支援しました。

 リベラルの価値を大切にし、安倍政権に反対する野党が小選挙区で一本化する。巨大与党に勝つには、それしかありません。安倍内閣の支持率が低下しているのに、与党が圧勝した最大要因は民進党の自己分裂でした。

 野党協力の軸となる民進党前原誠司代表が、公示直前に希望への「合流」を決めたときは、「裏切られた」と感じました。結果として民進党が割れ、リベラル勢力は立憲民主党をつくった。枝野幸男代表は「リベラル」と呼ばれるのを好まないようですが、9条改憲反対、所得再分配の強化を訴えるなど公約はリベラル色が強いものです。かつての民主党民進党の「バラバラ感」が消えて有権者にも分かりやすい。立憲民主は比例代表で1千万票を超えて野党第1党となり、リベラル再生の足がかりとなりました。

 リベラルとは何か。

 日本には、戦前からリベラルの太い流れがある。戦争と軍部独裁に反対したジャーナリスト石橋湛山(後の首相)や衆議院で反軍演説をした斎藤隆夫らです。伝統は憲法9条に受け継がれ、戦後民主主義の大きな柱となりました。

 もう一つは、20世紀米国の民主党進歩派のように、あらゆる人が差別なく人間らしく生きる権利を保障すること。そして公平な分配のために政府は積極的な施策をとることです。国家主義ではなく個人の尊厳や社会の多様性を大事にするリベラルの価値は、今の日本に必要なものです。

 今後も政党間の協力は大きな課題です。安保法制反対の運動以後の野党協力は、抵抗の段階でした。次にリベラル政権を目指す建設の段階に進まなければなりません。

 自民党宏池会のような保守内の護憲派を含めて与野党を再編しないと、左派の弱い日本で政権交代はできない。安倍総裁が自民党を右に寄せすぎ、党内でのバランスがなくなった今、かつての自民党内での国家主義とリベラルの権力交代を、政党間で実現するのが新たな政権交代のイメージです。単に宏池会の路線に戻るのではなく、21世紀の現状に合わせ、安全保障問題や社会保障について政策提言をしていくべきです。この路線で、共産党を含めた野党協力ができるかが、問われます。

 国会では維新や希望も含めて改憲政党が圧倒的多数となりました。いずれ憲法改正が発議されるでしょう。最後のとりでは国民投票です。リベラル勢力が総結集して運動を展開しなければなりません。

 (聞き手・桜井泉)

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 やまぐちじろう 58年生まれ。専門は政治学北海道大学教授をへて現職。著書に「政権交代とは何だったのか」「ポピュリズムへの反撃」など。

 ■自民に対抗、新しい言葉で 竹内洋さん(関西大学東京センター長)

 立憲民主党枝野幸男さんは、結党直後から「自分は保守リベラル」「保守とリベラルは対立しない」などと発言していました。選挙後にはテレビで、自分を「30年前なら自民党宏池会です」とも言っていました。「リベラル派」の印象を薄めたいかのような発言に聞こえました。

 リベラルという概念は、複雑な要素はありますが、55年体制の「右・左」「保守・革新」という2大軸の延長線上にあると思っています。「保守・革新」で色分けされた戦後政治の記憶がある人たちなら、現在の「リベラル」が何を指すのか、何となくはわかります。冷戦崩壊を経て、今は保守と対抗する概念に「革新」ではなく「リベラル」が使われていますから。

 ただ、左右の対抗軸は今や実線ではなく、見える人にだけ見える点線のような分岐線にすぎません。若い世代には、その点線さえも蒸発していて見えません。そもそも「自民」の英訳は「リベラル・デモクラティック」であるし、長年、一貫した主張を続けているように見える共産党社民党がなぜリベラル勢力なのかもわかりません。

 私が「革新幻想の戦後史」という連載を約10年前に始めたとき、「革新」の文字だけでは、それが社会、共産党などを指すことがわからなかった大学院生がいました。戦後の「保革」の対立図式は若い世代にはもう縁遠いのです。

 一方で、右派であるはずの安倍政権は同一労働同一賃金や教育無償化といった、ある意味、革新的な勢力が長く主張してきたような政策を取り込み始めています。

 そんな現在、マスコミが好んで使う「保守」「リベラル」という図式は、実は選択の軸たり得ないような気がします。枝野さんはそれを察知しているから、自分たちの政治姿勢を「リベラル」という言葉では表現できず、「まっとうな政治」「下からの草の根民主主義」といった政治スタイルへの言及が多くなったのかもしれません。もとより立憲民主党希望の党に向けて一瞬吹いた風が、袋小路で行き場を失って流れてきたという恩恵を受けたのですから、この機に、自民党と対抗できる社会像を新しい言葉で提示してほしいと思います。

 現在の安倍政権に非寛容や独善、おごりがあるなら、それは一強で「外部」がないからです。かつて自民党政権には、党内に権力を狙う違う派閥が控え、国会には一定数の無視できない野党がいました。「外部」との緊張関係にさらされていたのです。

 立憲民主党も、反対だけの党になったり、数合わせに走ったりせず、自民党に柔軟な態度で臨み、だからこそ自民党が無視はできないような、存在感のある「外部」になってほしいと思います。

 (聞き手・中島鉄郎)

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 たけうちよう 42年生まれ。専門は教育社会学、歴史社会学。著書に「教養主義の没落」「学歴貴族の栄光と挫折」「メディアと知識人」など。

 ■「排除の論理」に最も遠い 増原裕子さん(LGBTコンサルタント

 同性愛者やトランスジェンダーといったLGBTの人びとが生きやすい社会をつくるための活動をしています。企業が人材を確保し、国際的に活動するには、人種や性に関わること、障害があるかどうかなどで差別をしないことが条件です。それこそがリベラルと呼ばれるべきことで、人権を大切にし、多様な人が、個人として自由を享受し、生き生きと輝く状態だと思っています。

 私自身もレズビアンの当事者ですが、小学校の時から家族にも友達にも打ち明けられず、誰にも相談できないという悩みと生きづらさをひとりで長く抱えていました。大学卒業後にパリに留学したことが大きな転機になりました。

 自由・平等・博愛が建国の精神として根付いていて、個人の自由が尊重されている。「みんなと同じじゃなくてはだめだ」と押しつける空気から解放されたように感じました。もっとも、顔と名前を出してLGBTの活動ができるようになるまでは、そこから10年かかりましたが。

 留学した前年の1999年に、PACS(パックス)という、同性同士のカップルであってもパートナーとして公式な地位を与える制度がフランスで導入されました。保険金の受取人になれたり、税金でも優遇されたりと、結婚とほぼ同じ権利が与えられる制度で、それから16年後に導入された渋谷区や世田谷区の同性カップル公認制度のモデルにもなりました。

 まだまだ日本の社会では、LGBTに対して、嫌悪感や恐怖感、戸惑いを持つ人が多いのは事実です。こうした課題への姿勢は、政治家がどれだけ差別や人権の問題に真剣に取り組もうとするのかを判定する、リトマス試験紙になると思っています。

 どれだけの政治家が人権や幸せ、抑圧されて非常につらい思いをしている人のことを考えているのだろうかと疑問に思うことがあります。もちろん、大事な政策課題はいろいろあるでしょうが、一人ひとりの内面につながることはとても大事なはずです。それなのに選挙戦でも十分な議論が聞こえてきたでしょうか。

 その意味では、今回の選挙を通じて、「排除の論理」とか「踏み絵」といった言葉があふれたのは非常に悲しいと思いました。「この多様性は認めるけれども、あの多様性は認めない」といった発想や態度は、人権を守ることや、リベラリズムとはもっとも遠いのではないでしょうか。

 社会の「当たり前」の枠からはみ出ていることに悩み、差別やいじめを受け、場合によっては自ら命を絶つといった苦しみを抱えている人はまだまだ多いのが現実です。ぶれずに、あきらめずに、多様性が認められる成熟した社会を目指していく必要があります。

 (聞き手・池田伸壹)

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 ますはらひろこ 77年生まれ。東京都渋谷区パートナーシップ証明書交付第1号。共著に「同性婚のリアル」など。
    −−「耕論 リベラルを問い直す 山口二郎さん、竹内洋さん、増原裕子さん」、『朝日新聞』2017年10月31日(火)付。

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(耕論)リベラルを問い直す 山口二郎さん、竹内洋さん、増原裕子さん:朝日新聞デジタル