覚え書:「記者の目 メディアと政治権力=青島顕(東京社会部)」、『毎日新聞』2017年10月20日(金)付。


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記者の目
メディアと政治権力=青島顕(東京社会部)

毎日新聞2017年10月20日

与野党8党首が参加した党首討論会で質問に答える自民党総裁安倍晋三首相(左から4人目)=東京都千代田区の日本記者クラブで8日、西本勝撮影

疑念ただすのは当然だ
 権力に都合の悪いことは記録しない。この国ではそうした歴史が繰り返されてきた。政府の公文書管理の見直しが進められているが、情報公開制度を利用した取材をする者として、公文書の記録や公開の後退を強く危惧している。

<森友・加計疑惑、日報問題……安倍首相、真摯な説明はいつ?>
<森友問題で揺らぐ官僚像 「吏道」より「そんたく」か>
<栄転、昇格…森友問題「渦中の人」 忘れていいの?二つの人事>
加計学園の問題 真相なお不透明
 見直し作業の契機の一つに、安倍晋三首相の友人が理事長を務める加計(かけ)学園が、国家戦略特区を利用して愛媛県今治市に岡山理科大獣医学部を新設する計画を巡る問題がある。文部科学省の担当者が、内閣府幹部から「総理のご意向」などと早期開学を求められたことを記録した文書を残していたことが明らかになった。当初は文書を「確認できない」としていた文科省は再調査に追い込まれ、存在を認めた。一方の内閣府側は文科省との面談記録を残していないとした上で、文科省の文書の内容を否定した。真相はなお不透明だ。

 解明を目指して7月10日に国会の閉会中審査があった。毎日新聞参考人のうち前川喜平・前文科事務次官の証言と政府側の反論を中心に報じた。理事長が「首相の友人」であることを理由に、政府の判断がゆがめられたかが問題の核心で、特区を利用して新設が認められた経緯を知る立場の人物の証言に注目が集まったからだ。翌11日朝刊(東京本社最終版)の1面見出しは「前川氏『官邸の関与がある』」「政府側『一点の曇りもない』」となった。

 地元・愛媛県の加戸(かと)守行・前知事も参考人として出席し「10年来、知事として獣医学部の誘致をしてきた」「我慢してきた岩盤に国家戦略特区が穴を開けた。ゆがめられていた行政がただされたというのが正しい」などと述べた。毎日新聞は11日朝刊の特集面で加戸氏の証言を掲載し、同23日朝刊社会面(東京本社版)で地元事情とともに紹介した。あくまで背景を知る人物としての扱いにとどめた。

 加戸氏の証言から地元が長年、獣医学部招致を求めたが認められなかった事情は分かる。ただし今回の特区を巡る判断とは直接関係のない話だ。加戸氏は7年前の2010年に知事を退任した。特区の会議に説明者として出席したが、判断の過程に関わっていない。「ゆがめられていた行政がただされた」という発言は、判断のプロセスを知る立場でのものとは言えない。

首相は事実誤認 論点もすり替え
 ところが、首相は加戸氏の証言で潔白が証明されたかのように発言し、証言の報道量の少ないメディアの批判もしている。衆院選公示を前に8日、日本記者クラブで開かれた党首討論会で質問した朝日新聞論説委員に対し、閉会中審査翌日に朝日新聞が加戸氏の証言を全く報じなかったと決めつけ「国民の皆さん、新聞をよくファクトチェック(事実確認)していただきたい」と言った。

 朝日新聞は詳報面だが、加戸氏の発言を見出しを立てて報じた。首相は事実誤認をした上に、論点をすり替えている。

 驚いたのは首相の発言を受けるように産経新聞が今月9日と16日に、朝日新聞毎日新聞の批判を展開したことだ。「自社の論調や好悪に合わせて極めて恣意(しい)的に編集し、大切なことでも『不都合な真実』は無視してはいないか」「メディアは『フェイク(偽物)ニュース』を多発しているのではないか」と書いた。

 産経新聞毎日新聞の倉重篤郎・専門編集委員に矛先を向けた。倉重記者は討論会で「結果的に一番偉い方(首相)の友達が優遇されたことに、安倍さんは何もおっしゃっていない。いかがか」と首相に質問。正面から答えない首相に対し、答えを遮って「聞いているのはそこではない」とただした。産経新聞は「根拠なき決め付け質問は尊大で感情的」と指摘した。

 国民に隠されたものを含めた情報と権限を持つ権力は、常に腐敗の危険をはらむ。報道機関は権力が行政の判断をゆがめていないかをチェックする必要がある。最高権力者に説明責任を果たすべき疑惑があり、それに沿う形の公文書も見つかれば、報道機関は取材・検証しなければならない。倉重記者は言葉遣いが丁寧でなかったかもしれないが、はぐらかされた時、答えを促すのは当然のことだ。

 報道機関には国民の知る権利に応えるため、権力の干渉を拒んで報道することが求められる。戦前・戦中の例を挙げるまでもなく、報道の自由は常に失われる危険がある、もろいものだ。それを肝に銘じていなければならない。

 今年1月、米国の大統領就任直前の記者会見で、トランプ氏はCNNの報道を「フェイクニュース」だとして質問を受け付けず、メディアを選別した。さらにトランプ氏に近い立場のメディアがCNNなどを攻撃する事態になった。こうした状況下では国民に誤った情報が広がりかねない。日本で同様なことが起きてはならない。

 選挙後に政府は公文書管理の見直し作業を加速させそうだ。歓迎する部分もあるが、省庁間の協議では原則として双方で内容を確認後に公文書に残す、という点が気になる。複数の識者は、加計学園問題で文科省職員が残した文書のようなものが記録されにくくなると指摘する。今回の問題で国民の知る権利がないがしろにされないよう、目を光らせたい。
    −−「記者の目 メディアと政治権力=青島顕(東京社会部)」、『毎日新聞』2017年10月20日(金)付。

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