覚え書:「乳児連れ議場に 子育てと仕事の両立「個人の問題と片付けないで」 緒方夕佳・熊本市議に聞く」、『毎日新聞』2017年11月29日(水)付。


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乳児連れ議場に
子育てと仕事の両立「個人の問題と片付けないで」 緒方夕佳・熊本市議に聞く

2017年11月29日

生後7カ月の長男とともに自宅でインタビューに答える緒方夕佳熊本市議=熊本市東区で城島勇人撮影

 熊本市議会で今月22日、子連れで議場に入り、賛否両論を巻き起こしている緒方夕佳(ゆうか)市議(42)が、毎日新聞のインタビューに応じた。生後7カ月の長男を抱いて入場したことについて「子育てと仕事の両立に苦しむ女性の悲痛な声を可視化したかった」と説明。「母子を分離させないで一緒に働ける選択肢があってもいい。子育て世代と連携しながら継続的に働きかけたい」と語った。【聞き手・城島勇人/熊本支局】

<第一報>緒方夕佳熊本市議が7カ月の長男を抱いて議場入り
熊本市議会>緒方市議に厳重注意を決定
<女性議員>産休公表で批判続々 子供を産んではいけないの?
<21世紀なのにまだ「子連れ論争」をしますか?>
子連れ出席を議会事務局と事前に交渉
 −−いつから子連れで議場に入りたいと議会事務局に要望していましたか。

 昨年11月28日午後、議会事務局長ら3人と私で話した。妊娠報告をして「長男が生まれたら一緒に議場に連れて行きたい。議会内に託児所を設置するか、予算が厳しいならベビーシッターの手配または部分的な補助を出してほしい」と要望した。一歩でも子育て世代の議員を増やすための環境整備を進めたいとお願いしたが、市議会は「議員さん個人でベビーシッターを雇って、議員控室で見てもらってください」という答えだった。1、2時間話しても平行線だった。

 −−その後は。

 4月に長男を出産したが体調が悪化し、予定より遅い今年の12月議会から「議会に出られる日だけでも出たい」と思った。今年11月14日、議会事務局に電話で連絡して希望を伝えたが、事務局側は昨年と似たような答えだった。11月16日には議会棟の特別応接室で我が子を抱っこしながら議案説明を受けた。体を痛めて抱っこもあまりできなかったので、ベビーシッターを手配しようとも思っていたが、子育てと仕事の両立を「個人的なこと」という態度の事務局の対応に対し、「これだけの社会問題を個人の問題と片付けるのか」という思いがふつふつと湧いてきた。子育てと仕事の両立が大変だから、多くの子供を産めず少子化という社会現象につながっている。こういうやり方は限界と分かっていて、みんなが悲鳴をあげているのに、訴え続けても何も変わらない。声を聞いてもらうにはもう議場に我が子と座るしかない。無数の悲痛な声を可視化したかった。

−−それでベビーシッターも連れ、お子さんと議会に入場した。

 ベビーシッターを探すのも大変で、3人目だった。

同僚議員たちは賛否さまざま
 −−同僚議員には相談しなかったのですか。

 事務局に相談する前、複数の議員にも相談した。子連れで議場に入ることについて「そうあるべきだ」「いや、それはねえ……」といろいろだった。「難しいと思うが、あなたが覚悟してやろうと思うなら真っ向から否定するものはない」という意見もあった。

 −−最大会派の自民党には?

 子育て世代が傍聴しやすいようにしたかったので、新人議員に呼びかけて、親子傍聴室や無料託児所を設置するための要望書を一緒に出そうと各会派にも議論を呼びかけた。託児所は規則改正などで議会棟内の空室を使えないかと考えていた。

 −−結果は?

 自民党では否定的な意見が多く、「インターネットで傍聴できる環境を整える方が先」との意見も出たようだ。子連れで来たいという市民の声が私には届くが、他の議員のみなさんには届かないようで、ニーズが高くないと思われたのだろう。

 −−そこで行動に踏み切ったのですか。

 私は1人会派だから議会活性化検討会や議会運営委員会に入れず、議論の場も少なかった。

 −−大きな会派だったらもっと理解が進んでいたと思いますか。

 会派に入れば会派トップの考えに左右され、トップがダメと言えば実現が難しくなる。議員の産休の明文化は自民党の団長に何度か連絡して団長会議で話し合ってもらった。

議会規則に傍聴人の定義なし
 −−11月22日の市議会開会日にはマスコミが集まっていました。

 たまたまだ。産後初めて議会に行った時には報道陣がいなかった。

 −−子連れで議場に入ろうといつ決めたのですか。

 スイッチが入ったのは、議会事務局に電話して断られた14日。

 −−21日には熊本市内のシンポジウムがあり、緒方さんもパネリストとして参加されました。この時点ですでに子連れ入場を決めていたのでしょうか。

 その時点では22日に同行するベビーシッターが見つかっていなかった。だからシンポジウムでも「赤ちゃんを議場に連れて行く」とは発言していない。21日夕に頼んでいた友人やピンチヒッターからも断られた。途方に暮れていたところ、そのシンポジウムに来ていた友人が「明日は行けますよ」と言ってくれた。運命的だった。

 −−子供を連れて本会議に出席できないと分かっていましたか。

 事前に会議規則を読み込み、できないルールがないと調べていた。

 −−傍聴人規則には「傍聴人は会議中いかなる理由があっても議場に入ることはできない」とあります。

 傍聴人が誰とは書いていない。事務局が乳児を傍聴人とみなしただけ。誰を傍聴人とするかははっきり書かれていない。

議会開会が遅れるのは想定外
 −−22日の議会開会前、議長らに「赤ちゃんを抱いたままでは議会を開会できない」と言われていたが「それでも始めてください」と抵抗していました。どんな思いだったのでしょうか。

 悲痛な声を体現したかった。それに、我が子は静かだったし、議事進行に全く支障がない状況だった。開会時間も15分ぐらいと聞いていたので、問題なく座って過ごせると思っていた。私が目指すのはさまざまな子育てや働き方のスタイルを認め合うこと。その一つとして仕事によって母子が分離されない姿。一緒にいるのは赤ちゃんにも母親にも大切。赤ちゃんの発達にも必要で、大事な部分でもある。産休後は「預けなければいけない」ではなく、母子を分離しない働き方もできるようにしてほしい。作業効率は少々落ちるかもしれないが、自分たちの幸せ、子供の幸せのために生きて、働いているのだから。

 −−緒方さんの行動で議会開会が40分遅れたことに、批判があります。

 40分遅れるのは想定していなかった。まさか「今すぐ退席してください」という反応があると思っていなかった。そのまま座って15分が過ぎたら終わると思っていた。

 −−議場でお子さんが泣く可能性があったのでは。

 とても機嫌の良い子で開会日は静かに過ごせると確信していた。泣く主な理由は空腹だが、授乳がすぐにできるという安心感によって母親も安心して働ける。授乳は簡単にできる。私の目から見ると、それを妨げる規則ははっきりとはない。妨げているのは意識や慣例だと思う。泣きやまない場合でも助けてくれる人が近くにいれば、その人がさっと入ってあやすこともできる。子育てをしている人が議会にきちんと存在し、開会中に中座せず、子育て世代の代弁者として出席できるような仕組みを整えてほしい。

子供の育ちや幸せを重視すべきだ
 −−いろいろな反響があったが、緒方さんの思いが伝わったと感じた意見は。

 母子分離ではない方向に共感するという意見。これまでは保育園の数を増やしたりする議論にほぼ終始していた。量の問題ではなく保育の質の問題をあぶり出していただいてありがとう、という意見もあった。

 −−その他は。

 「障害者の鉄道乗車拒否が普通だった時代に、あえて乗るという行動で問題提起をした。だからそうせざるを得ない状況だったことを理解しよう」「社会が親に冷たい対応をとると、結局、そのストレスが赤ちゃんのストレスになる」とか。今の子育て支援策は子供の育ちとか子供の幸せに焦点を当てていない。待機児童解消や保育無償化などに終始し、子供の育ちにはこういう環境が必要だとか、こういうことが幸せだからこういう環境にしようという議論がない。

 −−ショックだった意見は。

 ルール破りを批判する意見もあった。ルールを破っていないということが伝わっておらず、残念だった。今の日本は子供がいて、介護して、病気の治療をしていても、それがないかのように振る舞って働かないといけない職場が多い。そういう職場環境や社会構造は自分たちでより幸せになるように変えていけばよいと思う。

一回きりの行動に終わらせたくない
 −−緒方さんの行動は懲罰対象になるかもしれません。29日の議会運営委員会で謝罪を求められるかもしれない。

 それは全くわからないので、受けてから考える。

 −−ある議員は「自分が介護している母を議場に連れてくることは許されるのか」と批判していました。

 私も祖母を介護したが、病状や認知症の程度、動けるか動けないかなど千差万別だ。必要な介護も全く異なる。寝たきりの人をストレッチャーに乗せて議場に来ることが介護と仕事の両立支援とは限らない。介護している人でも議員活動ができるように支援することが必要だ。多種多様な市民が議員として働けるような仕組みづくりが大事。目が見えない人や難聴の人、子育て中の人などがそれぞれの状況に合わせた仕組みを作るべきだ。例えばインターネットを使えば子育て中でも介護中でも議会に参加できる。

 −−今回の行動で社会に一石を投じたと考えますか。

 ポジティブにそう捉えてくれた人もいる。

 −−全国の自治体の議会が変わることが望ましいと思いますか。

 はい。これを一回きりの行動に終わらせないで、子育て世代の方とつながって継続的に働きかけを続けたい。

 −−国会では議員会館に託児所があるが、議員が議場内に子供と一緒に入ることは過去にありません。全国市議会議長会も今回のような例を聞いたことがないと言っています。なぜだと思いますか。

 政治の世界に若い女性が少ないから。

 −−11月議会には出席しますか。

 12月12日の閉会日は出る。賛否を示す時なので。

 −−他の日は。

 まだ体調不良だ。一日中、議席に座っているのは難しい。

 −−21日のシンポジウムにパネリストとして出席された時、お子さんの姿はありませんでした。

 会場に無料託児サービスがあった。

 −−議会を欠席される一方、シンポジウムに出られたことに批判もあります。

 シンポジウムは一度きりで時間も限られている。議会開会日のあの行動はメッセージ性がある。そういった意味で、やむにやまれぬというか、変化を起こすためだった。

子育て女性の代弁者が少なすぎる
 −−緒方さんは元国連職員として国際経験が豊かです。

 北欧では日本より人口が少なく、国内総生産(GDP)が低くても予算配分によって国民の暮らしが支えられ、ゆったりと生きている。福祉が充実し、男女共同参画も進んでいる。一方、日本は経済格差が広がっている。ひとにぎりの富裕層がいる一方で、生活保護受給者が増え続けている。富の集中が進み、多くの人の暮らしは厳しくなった。

 −−北欧とは具体的にどこの国ですか。

 デンマークノルウェーもだが、特にスウェーデンは参考にできる。手厚いセーフティーネットで生活弱者への支援が充実し、教育に配分される予算も多い。税金が高いという批判もあるが、支え合いのために有効に使われている。日本は人口が多く経済規模も大きいので、北欧より国民負担を少なくしながら高福祉が実現できるはずだ。熊本市も大型集客施設を建てるお金を熊本地震で生活基盤がなくなった人に回すなど、暮らしを支えるために配分すべきだ。

 −−北欧で女性の政界進出も見てきたのですか。

 スウェーデンでは女性が副首相に就いている。海外では政治分野でも男女共同参画が進んでいる。全議員の中で女性が占める割合が4割、半分以上の議会もある。

 −−海外の議会を見て、日本に導入すべきだと思ったことは。

 議員になってからは(海外のように)子育てと仕事を両立させる必要があると感じていた。長男を出産した時、熊本市議として史上初の出産例と知った。「なるほど。だから子育て環境が良くならないのだ」と納得した。「子育てと仕事の両立が難しい」「両立できず子育てに専念したが、夫が働きずめ。孤独でメンタル的に厳しい」「赤ちゃんが泣いて隣の部屋からドンドンと壁をたたかれる」。そんな声を持つ人が政策決定の場にいない。だから何も変わらない。熊本県内に女性市長はいない。だから制度や意識が変わらない。子育て中の女性の声を代弁する人が政策決定の場に圧倒的に少ないので、私の任期中に子育て中の人が議員になれる環境整備をしたい。妊娠してその思いがさらに強くなった。

議会に無料託児所や親子傍聴室を
 −−子育てと議員活動を両立する上で、改善してほしい点は。

 妊娠や出産で議会に出席できない時、自分の議案の賛否を届ける仕組みを整えてほしい。書面での意思表示や代理議員制度があれば良いが、熊本市議会の会議規則に「賛否を証明するには議場にいなければならない」とあるので休めない。また、子連れでの委員会視察は、当時の委員長が委員に了解をとって実現できたが、委員長次第で判断が分かれることがないよう制度を整えてほしい。子連れ世代も議会を傍聴しやすいように無料託児所や親子傍聴室の設置も検討してほしい。

 −−今年の3月議会では、出産を控えて議席に座ったまま質問されましたが。

 子ども医療費制度の議論があり、子育て世代の代弁者として発言したかった。1年に1回の一般質問のチャンスを無駄にしたくなかったので無理して出席した。結果的に仕事を優先して体のケアができず、産後に歩けなくなるほど体を壊した。

 −−熊本市議会は子連れで傍聴できますが。

 無料託児所や親子傍聴室の選択肢があった方がニーズに応えられる。「こうすべきだ」ではなく、子供の年齢や性格、体調などはそれぞれ違う。状況に合わせていろんな選択ができるようにしたい。無料託児所は議員だけでなく、傍聴者や議会棟内で働く職員の子供も使えるようなものがよい。

 おがた・ゆうか 1975年生まれ。熊本高校を経て東京外国語大米英科卒。米バージニア州ジョージメイソン大学院紛争分析・解決学部修士課程修了。NPO法人沖縄平和協力センターを経て国連開発計画(UNDP)の職員となり、イエメンで地雷除去や地雷被害者の支援などに従事した。2015年4月、熊本市議に初当選し1期目。
    −−「乳児連れ議場に 子育てと仕事の両立「個人の問題と片付けないで」 緒方夕佳・熊本市議に聞く」、『毎日新聞』2017年11月29日(水)付。

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