覚え書:「耕論 里親は根付くか 津崎哲郎さん、塩崎恭久さん、坂本歩さん」、『朝日新聞』2017年12月01日(金)付。


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耕論 里親は根付くか 津崎哲郎さん、塩崎恭久さん、坂本歩さん
2017年12月1日


 虐待などで親元で暮らせない子どもを家庭で預かる里親は、日本の社会に根付いていくだろうか。国は現状より大幅に増やす新たな目標を打ち出したが、まず、取り組むべきこととは。

特集:小さないのち
 ■子の権利最優先の社会に 津崎哲郎さん(NPO法人児童虐待防止協会理事長)

 児童相談所に勤めていた19年前に、3歳の女の子を引き取り、育ててきました。実子も3人いますが、生まれたときからでなく、途中から育てることがいかに難しいか、身にしみてます。

 実の親から捨てられたり、遮断されたりしてきた子どもたちには、その傷を回復するプロセスが必要で、これがなかなかしんどい。預かって1カ月ほどの「見せかけのいい子」の時期がすぎると、赤ちゃん返りや、ありとあらゆるだだこねをする「試し行動」が数カ月から半年も続く。

 体はもう大きいんやけど、赤ちゃんを抱えるようにしっかり受け止めて、信頼感を獲得せなあかん。思春期の揺れもものすごく大きい。

 こういうプロセスを、どれだけ里親個人が支えられるのか。米国では、里親を転々とするドリフト(漂流)が問題になっています。難しい子もどんどん里親に出され、支えきれず、放り出され、の繰り返し。どちらも深く傷つく。理念として一つひとつの家庭を保障するのは大切やけど、全員を里親でケアできるかというと、弊害も出てくる。

 だから、「里親委託率75%」という日本の政府の新たな目標は、あまりにも性急やと思います。むしろ、これまで目標としてきた「施設・少人数のグループホーム・里親」で3分の1ずつをめざすというのが、当面の妥当な線やというのが私の考えです。

 そのうえ日本には、虐待する親を立ち直らせるしくみもありません。米国では、アルコール依存が問題な親であれば、裁判所が治療を受けよと命令する。従わへんかったら「親権喪失」となり、子どもとかかわろうと思うたら、必死で努力せざるを得ない。

 施設を出たある子が言うんです。「働いてお金を稼ぐようになったら、必ず親や親戚が出てくる」と。一度お金を貸すと、どんどんエスカレートし、自分の生活が成り立たなくなってしまう、と。

 そんな親は切って、健全な大人をつけてあげなあかん。児童虐待防止法ができて少しは変わりましたが、まだまだ親の意向を尊重する昔の名残があり、親権や血縁の関係を切って別の人につけることに躊躇(ちゅうちょ)がある。家族再統合せなあかんと、改善もしない親に帰され、子どもはぐちゃぐちゃに傷つけられています。

 2011年の民法改正で、親権は子どもの権利の具現化のための権利と位置づけが変わりました。趣旨に沿い、子どもの利益にならない親の権利行使は乱用とし、親権喪失とするまで割り切らないと、福祉サイドだけで里親や養子縁組を進めることはできません。親権や血縁をめぐる社会の意識の壁は、ものすごく厚い。どう突破するのか。司法との協働がなく里親推進と言っても、実現はなかなか困難です。

 (聞き手・足立朋子)

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 つざきてつろう 1944年生まれ。大阪市中央児童相談所に35年勤務。所長などを経て関西大学客員教授。全国里親会副会長。

 ■高い目標、現状変える力に 塩崎恭久さん(前厚生労働相衆議院議員

 国会議員になった20年ほど前、地元の愛媛県児童養護施設の関係者から声をかけられたことがきっかけでした。他の議員と一緒に勉強会を開き、全国各地の児童養護施設を見て回ると、1部屋に2段ベッドが何列も並ぶ環境や、廊下の床に何人もの子どもたちがしゃがんだままゲームをしている姿がありました。

 家庭とは遠い環境です。自分の子どもだったら、こうするでしょうか。特定の大人と愛着を育むことが大切な時期には、事情がある子どもたちであっても施設ではなく、家庭と同じような環境で育てるべきだと感じていました。

 「法律に書かないと実態は変わらない」という強い思いがあります。日本は、国際条約の児童の権利条約に批准しながら、親の権利は民法に明記しても、子どもの権利はどこにもなく国際的に見ても異例でした。厚生労働相だった昨年、児童福祉法を改正し、第1条に子どもの権利を明記し、第3条で家庭的養育優先の原則を明確にしました。

 里親の委託率目標を掲げた今年8月の厚労省のビジョンは、この法改正をどう具体的に進めていくか、「原則」を数値化したものです。逆に甘すぎるくらいかもしれません。ここまでしないと、現状は変えられないのです。

 里親への委託率は現在17%程度で、未就学の子の75%とした目標は高すぎ、現実離れしているという意見もあります。しかし、試算すると人口120万人の都市で年9人の里親を増やせば達成できます。突拍子もない目標ではないのです。

 特別養子縁組を倍増させる目標も非現実的だと言われますが、実際は原則6歳未満という年齢制限などの制度の問題で断念しているケースも多くあります。法改正も含めた制度改正を、現在は法務省が検討しています。

 成り手は、児童相談所と民間機関がもっと連携して協力しながら進めれば、増やせます。施設も高度な専門性を生かし、受け入れ以外の役割もお願いします。難しい環境に置かれた子どもたちの問題に一番くわしいのは、経験がある施設の人たち。地域で特別養子縁組の養親や里親を支援する役割を果たしてほしい。児童相談所だけでは手が回らないので、生活の身近にいる市区町村も一緒に組んで、責任を担ってもらいます。

 「理想が高くてできるわけがない」と言っているその1日の間に、子どもに影響が出て、虐待で亡くなる子も出てくるかもしれません。その責任はどうやってとるのでしょうか。法律があっても現状は何も変わらないことは、いくらでもあります。与党の国会議員として、国や自治体などの動きが、改正法や新ビジョンにきちんと合っていくことを確認していきます。

 (聞き手・西村圭史)

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 しおざきやすひさ 1950年生まれ。2014年9月〜今年8月に厚生労働相。児童の養護と未来を考える議員連盟会長も務める。

 ■子どもの声聞くしくみを 坂本歩さん(大学4年生)

 小学1年から里親の元で暮らしています。社会にはまだ偏見があるけれど、里親家庭で育つことはかわいそうではありません。僕はこの両親がいたからこそ今があるし、夢を持つことができた。社会で受け入れられてほしいです。

 それまでは姉、兄と児童養護施設にいました。好きな職員の人もいたし、嫌ではなかった。けれどいつも同じ人ではなく、話したいときにすぐ話せない寂しさがありました。家にくるとずっと父と母がいて、同じ人がいる安心を初めて感じました。

 家には、いつも里子が5人ほどいました。里親の名字を通称として小学校に通っていたので、友だちから「似ていないのに、何でみんな同じ名字なの?」と言われることもありました。学校で10歳を祝う2分の1成人式があり、自分の名前の由来を調べることになったときには、どうしていいかわからなかった。自分は普通と違う、と感じたことは数多くあります。

 僕のような境遇の子が、家庭的な環境で育つのが普通になるのはいいことだと思います。ただ、里親家庭で暮らす子は全国で約6300人で、身近でないのが現状です。

 高3のとき、母が里親の経験を語る講演についていき、僕も30分ほど話す機会がありました。自分の話なんて参考になるのかと半信半疑でした。でも「子どもの側の気持ちを聞けてよかった」という感想を聞き、生みの親と暮らせず社会的養護の環境で生きてきた子どもとして、もっと発信する必要があると感じました。いまは里親や児童養護施設出身の若者でつくる団体に入って政策提言をしたり、里親家庭の子の交流の場を立ち上げたりしています。

 家庭的な環境で暮らす子をただ増やすだけではなく、子どもの意思を聞くしくみを整える必要があります。育てる親も子どもも人間なので、うまくいくときも、いかないときもある。生みの親からの虐待を忘れられず、悩む子もいる。子どもの気持ちの変化に向き合い、暮らす場所を選べるようになってほしいです。

 里親に預けられると、児童相談所の職員の人が状況を聞く機会がありますが、僕の場合は年に1回程度でした。職員の人は2、3年で変わるし、悩みを聞かれてもすぐに本音では話せない。継続して気にかけてくれる人や、子どもから簡単に相談できるしくみもあればいいと思います。

 小学校高学年でいじめに遭い、地元でなく私立中学に行きたいと言ったら、両親は受験させてくれました。一緒に暮らす中で悩んだ末、この親の子として生きていこうと昨年、養子縁組をしました。

 家族のかたちは人と違ってもいい。人それぞれでいい。応援してくれる人が増えることを願っています。

 (聞き手・畑山敦子)

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 さかもとすすむ 1994年生まれ。里親家庭で育つ。「インターナショナル・フォスターケア・アライアンス日本支部」で活動。
    −−「耕論 里親は根付くか 津崎哲郎さん、塩崎恭久さん、坂本歩さん」、『朝日新聞』2017年12月01日(金)付。

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