覚え書:「文化の扉 ジャポニスムの魅惑 「素朴で謎めいた国」ゴッホら刺激」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。


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文化の扉 ジャポニスムの魅惑 「素朴で謎めいた国」ゴッホら刺激
2017年12月17日
 
写真・図版
JAPONISME(ジャポニスム)<グラフィック・高山裕也>

写真・図版
 日本のアニメやマンガは海外で人気だ。だが昔を振り返ると、19世紀半ば〜20世紀前半に浮世絵などの日本文化が西洋で大流行。現地では、新たな芸術まで生まれた。フランス語で「ジャポニスム」と呼ばれる現象はなぜ起きたのか。

 日本が19世紀半ばに開国すると、外交官や愛好者らによって、日本の情報とともに、浮世絵や陶磁器などの美術工芸品が次々に西洋に渡っていった。

 当時の西洋の人々にとって日本のイメージは、まだ「近代化されていない夢の国」(国立西洋美術館馬渕明子館長)というもの。鮮やかな色使いや斬新な意匠、繊細な細工などの魅力と、異国への憧れと関心が人々を捉えたのか。日本側もパリやウィーンの万国博覧会に参加。中流家庭でも、室内を日本の品々で飾ることが流行した。

 一方で芸術家らは、こうした美術工芸品の表現のうちに新たな示唆を見いだし、自分の作品に積極的に取り入れていった。

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 ジャポニスムアメリカやイギリス、北欧などでも広がったが、その発信の中心地となったのはフランスだった。

 1870年に帝政が崩れ、共和政に。民衆が文化の担い手という意識が強まっていた。美術批評家らは浮世絵を「民衆のための芸術」と捉え、特に葛飾北斎については、画力の高さだけでなく、庶民の立場からその日常生活を描いた存在として称賛。「民衆を導く自由の女神」を描いたドラクロワなどに、比肩するとも評された。

 また前衛的な画家たちは、ルネサンス以来の遠近法にもとづく空間や定型化した人物表現などの従来のアカデミックな絵画技法に、疑問を抱いていた。

 モネやマネ、ドガ印象派の作品には、北斎の浮世絵に使われる表現がいくつも見つかる。

 例えば、画面の中心に向かって奥行きのある空間を描くという約束事から脱し、浮世絵のように木の枝ごしに風景を描いたりして、個人的な視覚体験を表現しようとした。自然の中の小さな草花や虫に注目したり、人間の生き生きとした自然な動作を表現したりしたのも、従来の西洋絵画にはなかった。

 人々が共に助け合い宗教的な生活を送る理想郷――。ゴッホは浮世絵に学ぶだけでなく、日本を光と色彩に満ちた土地と考え、南仏でゴーギャンと共同生活を始めた。大阪大学の圀府寺(こうでら)司教授は、「情報が限られていた時代。想像を膨らませ、願望を投影したのだろう」。

 パリ・モードでも大きな変化が起きた。身体を締め付けるコルセットからの解放を目指していたデザイナーが、きもののデザインや裁断法に注目。筒型のドレスを作り出した。京都服飾文化研究財団の深井晃子名誉キュレーターは「きものは西洋ファッションの現代化への触媒になったといえる」という。

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 ジャポニスムは文学や舞台などにもみられたが、1920年代ごろに終わったとされる。それは日本が、軍備を拡張し領土拡大を目指していた時期。素朴で謎めいた国というイメージが変わったのだろう。

 それから1世紀。来年パリで、日本政府が主導し、フランス側と連携した日本文化の紹介イベントが展開される。「ジャポニスム2018」と題し、ホームページでは「現代日本が創造するジャポニスムは、新たな驚きとともに世界をふたたび魅了することでしょう」とある。

 だが19世紀のジャポニスムは、日本側が意図して起こした現象ではなかった。馬渕館長は、「西洋の人々自身が変化しようとしていたタイミングだったことが大きかった」とみる。

 (丸山ひかり)

 ■「誤読」が生む芸術 現代美術家森村泰昌さん

 日本と西洋文化、両方に複雑な思いを抱き、その関係を考えてきました。僕が西洋美術史上の人物になるのは、「周辺」にいる自分が何とかそこに位置を見いだすための攪乱(かくらん)行為のようなもの。現代美術も、西洋美術から生まれたものですから。

 僕はデビュー作でゴッホに扮しました。彼は日本に芸術の理想郷のビジョンを重ね、お坊さんとして自画像まで描いた。「ゴッホさん買いかぶりすぎ!」と言いたいですけどね。異文化と出会った時に起きる「誤読」から、新たな芸術が生まれた。僕も、「フェルメールの作品は女性を描いていても全て自画像だ」との直感から作品を作りました。彼の作品に自画像はないと言われていますが。

 文化と文化の出会いの可能性を感じる一方で、当時の日本を考えれば、「海外に評価されると急にそれを自慢し始める」という構図は今も続いていると思う。ジャポニスムについて考えることは、日本について考えることでもありますね。

 (注:写真は一昨年、ゴッホに扮した際に撮影)

 <見る> 東京で関連する展覧会が開催中。東京都美術館の「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」(1)、三菱一号館美術館の「パリ・グラフィック展」(2)は1月8日まで。国立西洋美術館の「北斎ジャポニスム」展(3)は同28日まで。各館で年末年始の休みがある。

 <読む> ジャポニスム学会編『ジャポニスム入門』(思文閣出版)は地域やジャンル別の広がりがわかりやすい。馬渕明子さんの『舞台の上のジャポニスム』(NHKブックス)と、深井晃子さんの『きものとジャポニスム』(平凡社)はより深く知りたい人に。

 ◆「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「吹き替え」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉 ジャポニスムの魅惑 「素朴で謎めいた国」ゴッホら刺激」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。

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(文化の扉)ジャポニスムの魅惑 「素朴で謎めいた国」ゴッホら刺激:朝日新聞デジタル