覚え書:「安保考 日米同盟の現在地 奥谷禮子さん、杉本正彦さん、佐藤丙午さん」、『朝日新聞』2017年12月19日(火)付。


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安保考 日米同盟の現在地 奥谷禮子さん、杉本正彦さん、佐藤丙午さん
2017年12月19日

写真・図版
イラスト・大屋信徹

 北朝鮮危機が高まった今年、日本の安全保障のあり方が何度も問われた。トランプ氏は、米国の武器を大量購入すればよい、とあからさまにいう。日米同盟をどう考えたらいいのか。

 ■直言できず、もはや隷属 奥谷禮子さん(ザ・アール会長 新経済連盟幹事)

 現在の日米関係、そして日米同盟は、パートナーシップとはほど遠く、もはや隷属関係です。安倍晋三首相はトランプ大統領の歓心を買おうとばかりしていて従属してしまっています。

 戦後の首相は、したたかに米国との関係を築いてきました。敗戦後、吉田茂さんは軽武装・経済優先を貫き、佐藤栄作さんは沖縄返還を実現させました。橋本龍太郎さんも沖縄の基地問題に心を砕き、普天間返還で合意しました。

 小泉純一郎さんも、表側ではブッシュさんとキャッチボールしたり、プレスリーの物まねをしたりしました。それは海外でどう報道されるかを計算しつくした行動で、裏側ではブッシュさんと対等に話せる関係を築いていたと思います。

 安倍さんは、トランプさんの大統領就任前に、ニューヨークで会談しました。世界の首脳に先駆けて関係を築いたと言っていますが、他の首脳がそうした行動をとらなかったのには理由がある。オバマさんがまだ在任中であり、外交上、失礼な行動に当たるからです。非常識でした。

 トランプさんの11月の訪日ではっきりしたのは、彼は本当にビジネスマンであり、理念や理想ではなく、まさしくディールの観点で動いているということでした。ただ、ビジネスの視点で見れば、新たな武器購入を求めてきたトランプさんとの会談は、逆に日本にとってもこちらの要求を突きつけるチャンスでした。

 沖縄の基地負担を減らす今後の道筋をどうつけるのか、そもそも日米地位協定を見直せないか——。これまではタブーだったようなテーマでも、トランプさんは武器購入とバーターで取引にのってきたかもしれません。一方的に相手の喜ぶことだけをするのでなく、日本に重要なことは相手にはっきり言う必要がある。つまり、いくら朝鮮半島有事であっても、そもそも米国自体が軍事攻撃に出ないという確約を水面下でとっておく必要があります。誰も北朝鮮の暴発と崩壊を望んでいないからです。でも、安倍さんは耳の痛いことを言ったようには見えませんでした。

 本来、リーダーは不安をあおるのではなく、危機ならば余計に、客観的にどんなリスクが我々に及び、どんな対応の仕方をするとよいかを丁寧に説明すべきなんです。国難突破解散などと言って政治利用する話ではないと思います。もしもこれが経営者なら、企業を巡るリスクを開示し、関係者等に冷静に対応できないなら、統治能力も疑われると思います。

 日本の戦後が誇るべきは、戦争せず、1人も殺さないで来たという平和です。非常識な動きを抑制すべき野党も弱く、本来の外交も政治もなくなってしまっているようで心配です。

 (聞き手・池田伸壹)

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 おくたにれいこ 50年生まれ。客室乗務員を経て、人材コンサルティング会社を創業。小泉政権では総合規制改革会議委員に。

 ■米軍なしで守りきれない 杉本正彦さん(元海上幕僚長

 自分の国を守るのは、本来は自分の力でやらなければなりません。

 ですが、日本は自衛隊発足当初から、自衛隊と米軍を「盾」と「矛」とに役割を分担し、爆撃機や空母、大陸間弾道ミサイルICBM)など相手を攻撃する能力は米軍にお願いするという方針でやってきました。

 米軍は自衛隊と比べて様々な面で圧倒的な能力を持っています。北朝鮮の核ミサイル問題をはじめ、近隣諸国の力を背景にした海洋進出など安全保障上の脅威や懸念に対応するには、米国を積極的に巻き込んだ方がいい。現状は、米軍と連携しなければ、日本を守りきれない。だからこそ日米同盟が重要なのです。

 横須賀を拠点とする米海軍第7艦隊は、日本の北から南へ一昼夜にして1個航空団を移動させて戦闘態勢を作り、敵基地を攻撃できる。米空母は約80機の戦闘機や哨戒機を載せて移動できます。航空自衛隊三沢基地の1個航空団が移動する場合、後方支援部隊なども含め1カ月近くかかるのではないでしょうか。在日米軍は日本に足りない即応性を補っています。また、日米の共同訓練は米軍のプレゼンスを示し、周辺国への「抑止力」として機能しています。

 トランプ米大統領がアジア歴訪の際、日本と歩調を合わせて「自由で開かれたインド太平洋」構想を表明したことは意義がありました。米海軍は中東のバーレーンに中央軍所属の第5艦隊を配置し、太平洋軍(司令部・ハワイ)がインド洋を含むアジア太平洋全域を管轄しています。構想はすでに軍レベルでは実行できているのですが、「米国第一」のトランプ氏が法の支配や自由を重視しなくなるのでは、との不安がありました。この地域で大きな役割を果たし続ける姿勢をトランプ氏が示したことは、多くの関係者を安心させました。

 ただ、在日米軍はアジア太平洋地域で米国の国益を侵すようなことがあればすぐに出ていくためにあり、米国の国益が当然、優先されます。

 尖閣諸島で紛争が仮に起きた場合も、一義的に対応するのは自衛隊であり、米軍ではありません。我々は常に、米軍と共同訓練し、気持ちを理解してもらい、あなたたちも日本がいないと困るでしょう、という努力をし続ける必要がある。

 元駐日米大使のアマコスト氏はかつて、「日米同盟はガーデニングと同じ」と言っていました。放っておくと雑草が生える。同盟関係も同じです。常にアップデートしなければいけません。日本は安全保障法制を成立させ、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)を見直し、米軍と自衛隊の役割分担を国際情勢に合わせて見直しましたが、この作業が常に必要なのです。

 (聞き手・倉重奈苗)

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 すぎもとまさひこ 51年生まれ。元海将呉地方総監、自衛艦隊司令官などを経て、2010年から12年に海上幕僚長

 ■日本の防衛産業、先細り 佐藤丙午さん(拓殖大教授)

 トランプ氏の選挙戦中の発言からみて、就任後に米国製の防衛装備品の購入を迫ることは十分に予想できました。

 アジアでのトランプ政権の同盟戦略は、中国の軍事力拡大に対し、米国の前方展開兵力を強化すると同時に、地域の同盟国の強靱(きょうじん)性を高めることに力点が置かれています。

 これはオバマ政権の政策を引き継ぐものです。日本を含むアジア諸国に高性能の防衛装備品を導入させて防衛力を高めることで米国自身の戦略を補強する狙いがある。これがグローバリゼーション下の安全保障のあり方でしょう。

 そもそも日本の場合は、自衛隊の創設時に米軍から米国製の装備品が供与され、その後もライセンス生産などの形で最新装備が導入されてきました。日米共通の装備品を使うことで相互運用性が高まり、日米の戦力の一体化の向上にも役立ってきました。

 今回のトランプ発言をめぐっては、日本側にも最新の弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」や長距離巡航ミサイルなどを導入したいという希望があり、双方が満足することができました。

 ただ米国の装備品の導入には功罪両面があることも知っておくべきです。例えば日本国内には自衛隊の装備品を開発・製造する多数の防衛産業がありますが、その体力を奪ってしまう。また仮に米軍の装備品やシステムに意図せざる脆弱(ぜいじゃく)性があれば、日本も同じ弱点を抱えることになる。

 国内産業への十分な政策が必要です。今のままでは日本が米国製に匹敵する高性能なものを作らない限り、米国に国内市場を奪われる一方になります。米国から購入するばかりだと国内の生産基盤は緩やかに打撃を受け、やがて立ち枯れになってしまいます。

 その結果、技術の蓄積ができず、海外企業との共同開発に加わる際も日本側から提供できる技術がなくて参加できなかったり、日本が有事になった場合の装備品の生産能力が大幅に低下してしまったりする恐れがあるのです。

 防衛装備品の開発・生産は、もはや米国でさえ単独で賄うことができません。多国間の企業連合が共同生産ネットワークを組んで対応する時代に入っている。日本の企業が生き残る道があるとすれば、海外の企業連合と組むという選択しかありません。欧米だけでなく、無人機や人工知能(AI)の分野で秀でる中国や韓国企業との連携も排除せず、日本企業は生き残りに全力をあげるべきです。

 政府の防衛産業政策が間違っていたのか、それとも企業の自助努力不足だったのかは定かではありません。しかし日本の企業が自衛隊のニーズを満足させる装備品を作れていない事実は明白です。日本政府は国内の生産基盤が生き残れるような産業施策を急ぐべきです。

 (聞き手・谷田邦一)

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 さとうへいご 66年生まれ。防衛庁防衛研究所主任研究官を経て拓殖大教授。日本安全保障貿易学会副会長も務める。
    ーー「安保考 日米同盟の現在地 奥谷禮子さん、杉本正彦さん、佐藤丙午さん」、『朝日新聞』2017年12月19日(火)付。

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(安保考)日米同盟の現在地 奥谷禮子さん、杉本正彦さん、佐藤丙午さん:朝日新聞デジタル