書評:ヴィクトール・E・フランクル(中村友太郎訳)『生きがい喪失の悩み』講談社学術文庫、2014年。

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ヴィクトール・フランクル(中村友太郎訳)『生きがい喪失の悩み』講談社学術文庫、読了。「意味を失った人生についての苦悩」(原題)といかに向き合うか。本書は強制収容所を経験した著者の提唱するロゴセラピーの格好の入門書。哲学的人間学の具体的展開であり、読み手が自己理解を深めるうえで示唆に富む一冊。



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生きがい喪失の悩み (講談社学術文庫)
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憎むのでもなく、許すのでもなく―ユダヤ人一斉検挙の夜
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覚え書:「いとの森の家 [著]東直子 [評者]原武史(明治学院大学教授・政治思想史)」、『朝日新聞』2014年12月14日(日)付。

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いとの森の家 [著]東直子
[評者]原武史(明治学院大学教授・政治思想史)  [掲載]2014年12月14日   [ジャンル]文芸 
 
■伝説に出会い成長を遂げる少女

 福岡市内の団地に住んでいた小学4年生の主人公が、父の決断で郊外の糸島半島の丘の上に建てられた一戸建てに引っ越してくるところから物語は始まる。そこは、都会の福岡とは時空の異なる世界への入り口であった。
 主人公の住む集落には森があり、そこにはおハルさんと呼ばれる謎のおばあさんが住んでいる。森の奥には、氏神でもある神社がある。引っ越してすぐ、主人公が姉とともに神社を訪れると、社の中にあった女性の写真の目が光る。再び訪れたときには、不思議な木の幹や井戸を見つけ、それらが「よろい着て戦争に行った」神功(じんぐう)皇后に由来していることを知らされる。
 著者は実際に小学生時代、糸島半島に一年ほど住んでいたという。このときの体験が本書のもとになっている。多感な少女が半島の伝説に出会い、まるで神社の巫女(みこ)のようなおばあさんとの交流を深めるにつれ精神的な成長を遂げてゆく物語に、心の底がじんわり温まるのを感じる。
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 ポプラ社・1620円
    −−「いとの森の家 [著]東直子 [評者]原武史(明治学院大学教授・政治思想史)」、『朝日新聞』2014年12月14日(日)付。

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伝説に出会い成長を遂げる少女|好書好日






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いとの森の家 (一般書)
東 直子
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覚え書:「経済政策で人は死ぬか?−公衆衛生学から見た不況対策 [著]デヴィッド・スタックラー、サンジェイ・バス [評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2014年12月14日(日)付。

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経済政策で人は死ぬか?−公衆衛生学から見た不況対策 [著]デヴィッド・スタックラー、サンジェイ・バス
[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)  [掲載]2014年12月14日   [ジャンル]経済 社会 
■無謀な緊縮策は生命に悪影響

 「借りたものは返す」、これは社会常識だ。しかし経済危機下ですべてを犠牲にしても、債務返済を最優先すべきだろうか。この書物は、著者たちが公衆衛生学の観点から経済・財政政策に問い直しを迫る、問題提起の書だ。その基礎は、「ランセット」をはじめ、科学・医学系専門誌に掲載された著者たちの学術論文だ。
 彼らは世界各国で実施された経済・財政政策の影響を、丹念にデータを拾って検証する。その結果、人の生命と健康に決定的な悪影響を及ぼすのは、不況そのものではなく、不況期に採用される無謀な緊縮政策だということを実証研究に基づいて説得的に示す。
 興味深いのは、経済危機下でも住宅、医療など社会保護への支出を維持・拡大した国は、経済を刺激して不況からの脱却が早まり、結局は債務返済まで可能になる点だ。これに対して、緊縮政策をとった国は、急激な予算削減で需要が落ち込み、セーフティーネットが崩壊して財政はかえって悪化、債務も膨張する。
 この点で、リーマン・ショックで大きな影響を受けたアイスランドギリシャの対比は劇的だ。両国とも危機に陥り、IMFに支援を求めたが、アイスランド国民投票で、投資に失敗した銀行の債務を納税者に尻拭いさせる提案を拒否、銀行を破綻(はたん)するに任せ、医療等の社会保護支出をむしろ増加させた。この結果、アイスランド経済は急速に回復、IMFへの返済も始まった。ところがギリシャは、IMFの処方箋(せん)をそのまま受け入れて医療費など財政支出を大幅に削減、結果として国民健康の大規模な悪化を招き、肝心の経済も、GDPが約4分の3に縮小、失業率も27%と記録的水準に達した。
 もはや、両政策の優劣は明らかであろう。経済危機下の財政緊縮は、かえって事態を悪化させる。危機下でも社会保護支出を怠らないことが経済回復への近道だ。「人的資本投資」は、割に合うのだ。
    ◇
 橘明美・臼井美子訳、草思社・2376円/スタックラーはオックスフォード大教授。バスはスタンフォード助教
    −−「経済政策で人は死ぬか?−公衆衛生学から見た不況対策 [著]デヴィッド・スタックラー、サンジェイ・バス [評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2014年12月14日(日)付。

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無謀な緊縮策は生命に悪影響|好書好日






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経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策
デヴィッド スタックラー サンジェイ バス
草思社
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覚え書:「狂講−深井志道軒−トトントン、とんだ江戸の講釈師 [著]斎田作楽 [評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)」、『朝日新聞』2014年12月14日(日)付。

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狂講−深井志道軒−トトントン、とんだ江戸の講釈師 [著]斎田作楽
[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)  [掲載]2014年12月14日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 
 
■権威も良識も笑いのめした男

 深井志道軒の名前は、浅草で付き合いの長い人たちからよく聞いている。18世紀中盤、浅草寺の境内によしず張りをし、軍談を講釈した。
 フツーの講釈師ではなかった。書名にも「狂講」とある通り、話は筋道から外れ、その過激な社会批判と猥談(わいだん)ゆえに僧侶と女性は顔をそむけた。
 だがその「フリートーク」が「歌舞伎役者二世市川団十郎海老蔵)と天下の人気を二分した」と本書にもある。よくわからない男根状の棒を持って「トトントントン」と机をたたいてみせた男が江戸のスターなのだ。
 著者はこの人物のあらゆる記録を一冊にまとめあげた。
 だが、真実は薄闇に包まれている。種々の伝説をまとって姿をくらまし続ける志道軒は、歴史の中でも“狂講”をしているように見える。その煙幕は奇跡的な術だ。
 こうやって権威と戦い、良識を笑え。そのメッセージが伝わってくることだけが確かである。トトントントンという音が耳元に聞こえてくる。
    ◇
 平凡社・3024円
    −−「狂講−深井志道軒−トトントン、とんだ江戸の講釈師 [著]斎田作楽 [評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)」、『朝日新聞』2014年12月14日(日)付。

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権威も良識も笑いのめした男|好書好日





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覚え書:「精神科病院を考える:上 回復は社会生活の中で ロベルト・メッツィーナさん」、『朝日新聞』2014年12月16日(火)付。

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精神科病院を考える:上 回復は社会生活の中で ロベルト・メッツィーナさん
2014年12月16日

 心を病んだ人、認知症の人などが入院する精神科の病床(ベッド)は日本では34万床あります。それが世界で飛び抜けて多いことを知っていますか。対照的なのがイタリアです。世界に先駆けて、大半を占めた県立の精神科病院を閉鎖し、地域で患者を支援する改革を実施しました。なかでもモデルとされるのが同国のトリエステ県。そこで精神保健局長を務めるロベルト・メッツィーナさん(61)が来日したのを機に、話を聞きました。

 ■病院なくし地域で患者支援

 ――イタリアではなぜ大半の精神科病院が廃止されたのですか。

 「精神障害者にとっての回復とは、単に症状をなくすことではなく、社会の中に戻って人生を取り戻すことです。狭い意味での治療や治癒とは違います。しかし、入院施設のある精神科病院はドアが閉ざされていて、規則があります。病院があると、どうしても入院という形をとり、人々の個人性、主体性を奪ってしまいます。精神科病院はシステムとしてそうならざるをえない存在。だから閉鎖されたのです」

 ――日本では、退院が進まない理由に「本人や家族が望まない」「地域に受け入れ先がない」と話す医師が少なくありません。

 「受動的存在となっている『患者』は、その役割から出ること自体を恐ろしく感じます。患者や家族がほかの選択肢や可能性を知らないまま『どうしたいか』と尋ね、『病院にいたい』という答えを引き出しても、意思を尊重していることにはなりません」

 「人間は社会的な動物です。真空の中に病気だけがあるという考え方は間違いです。社会的な関係性の中で、病気が進行したり、回復したりする。調子がよくなるために必要なことは、仕事をする、猫を飼う、友人をもつ、など人によって違う。それが何かを見つけるのを助けるのが私たちの仕事です。地域精神保健センターでは薬物療法もしますが、ニーズを聞きながら社会的な関係性を取り戻すという総合的な対応をします。入院は、回復に必要な環境や支援の幅を狭めるものです」

 ――病床はゼロですか。

 「トリエステ県では24時間オープンの地域精神保健センターに26床と、地域の総合病院にある6床の計32床があります。休憩が必要なとき、あるいは急性期の対応に使いますが、使用率は約7割、入院は長くて2週間です」

 ――患者は手がつけられないほどの危機的な状況になることもあります。

 「強制的な介入は他に方法がないときの最終手段。極めて少なく年約20件です。強制的といっても、緊急対応の病床でも部屋に鍵はかからないし、隔離室もありません。拘束もしません。出て行こうと思えば出て行ける。スタッフがコーヒーを勧めたり、ママに電話をかけるから話してと頼んだりしてその場にとどまってもらい、時間をかけて治療を受けるよう説得します」

 「危機的な状況に陥って治療を拒否するとき、力ずくで収容したり治療したりすれば、対立関係が固定化します。危機的なときこそ信頼関係をつくるチャンス。『あなたには何が必要ですか』と問い、一緒になって考えます。本人の声や意見を聞くことが大切です。すると患者は信頼を寄せてくれる。信頼関係があってやっと薬を使えます」

 「もともと家族も含めて当事者とよく話し合っているので、それほどの危機的状況にはならない場合が多いといえます」

 ――精神科病床が世界一多い日本へのメッセージはありますか。

 「精神科病院という場所があると、『入院しているあの人たちは危険だ』という意識が社会で再生され、承認されていくことになります。いま世界は精神科病院を減らしたり、閉鎖したりする方向です。日本の精神科病院は9割が民間と聞きました。病院の役割を、患者の入院だけでなく、地域の拠点として地域のニーズに対応するという仕組みに変えればいいのではないかと思います」

     *

 トリエステ県(イタリア)精神保健局長 精神科医。78年、トリエステ精神科病院に赴任。病院の脱施設化に尽力した。09年から世界保健機関(WHO)精神保健調査研修協働センター長。

 ■リハビリ・職場確保、24時間の万全態勢

 イタリアでは1978年に精神科病院の新設、新たな入院を禁止する法律が成立した。患者の拘束など入院の実態が人権的にも医療的にも問題があるとの批判の高まりと、先進的な取り組みをしていた一部で症状が重くても地域で支える実践ができていたことが背景にある。

 99年までにすべての県立精神科病院が閉鎖された。かつての入院患者12万人が自宅やグループホーム、ふつうのアパートで暮らすようになった。法務省管轄の司法精神科病院(1200床)と強制治療・入院が許されない民間精神科病院(4千床)以外の病床は原則なくなった。

 トリエステ県(人口24万5千人)では、80年に1200人収容の精神科病院を完全に閉鎖。患者は、365日24時間開いている四つの地域精神保健センターで、治療やリハビリ、生活支援を受ける。住居や職場の確保はセンターと契約を結んだ社会生活協同組合が支援する。診療も含む精神保健サービスの利用者は年5千人。病院時代の医師・看護師らスタッフは570人だったが、現在は210人に減り、医療コストは約4割減った。

 トリエステの実践は、世界保健機関から世界的なモデルと認められ、各国に広められている。

 (編集委員・大久保真紀) 
    −−「精神科病院を考える:上 回復は社会生活の中で ロベルト・メッツィーナさん」、『朝日新聞』2014年12月16日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S11508693.html





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