覚え書:「社会の縮図、団地から描く 50代作者、悲哀と希望の物語 映画や小説に思い込め」、『朝日新聞』2016年06月03日(金)付。

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社会の縮図、団地から描く 50代作者、悲哀と希望の物語 映画や小説に思い込め
2016年6月3日

映画「海よりもまだ深く
写真・図版
 このところ団地を舞台にした映画や小説が目立つ。かつては無機質な冷たいイメージで語られることも多かった団地。だがこれらの作品は、喜怒哀楽のある血の通った場所として描く。団地を子供時代の原風景として育った50代の作者たちの思いが込められている。

 深い緑に囲まれ、お年寄りが集まる温かい場所――。是枝裕和監督(53)は「海よりもまだ深く」(公開中)でこんな団地の姿を描く。ロケ地は、実際に是枝監督が多感な青少年期を過ごした東京都清瀬市の団地だ。

 主人公は団地で育った、売れない小説家(阿部寛)。彼の母親(樹木希林)は分譲に住み替える望みかなわず、今も狭い賃貸に住む。2人の子供は独立し、夫を亡くして独り暮らしだ。

 是枝監督は「夢見た未来にたどり着いていない人々の物語です。そして劇中のセリフ『こんなはずじゃなかった』というのは、団地自体がいま経験していることでもある」と話す。

 これらの団地が造られた1960〜70年代は、若い核家族の夫婦が入居。やがて戸建てや分譲マンションに引っ越し、その後に次世代の夫婦が入るサイクルが想定されていた。ところが世代交代は起きず、今は主にお年寄りが住む街になっている。

    *

 一方、阪本順治監督(57)の「団地」(4日公開)の舞台は大阪近郊の団地だ。子供を亡くした熟年夫婦(藤山直美岸部一徳)ら団地の人間模様を面白おかしく描きながら、最後に途方もない“事件”が起きる。

 阪本監督は言う。「団地って社会の縮図ですよね。高度成長時代は若い核家族が住む場所だったが、僕らが撮影した団地にはデイサービスの迎えの車がひっきりなしで、最上階はほとんど空き室になっていた。そういう場所だから、子供を亡くした夫婦も安心して住めるんじゃないかな、と」

 団地やニュータウンを小説に描いてきた重松清さん(53)は昨年末、『たんぽぽ団地』(新潮社)を刊行した。舞台は取り壊しが決まった団地。かつての住人が時空を超えて集う。団地は住む人と共に年齢を重ね、人間の生涯のように描かれる。「団地というコミュニティー空間は、その最盛期が意外に短く、かつあまりに身近な存在だったため記録が残りにくい。是枝さんの映画と似ていて、誰かが物語として残しておかないと忘れ去られてしまう」と語っている。

 団地は、社会を映してきた。大都市の郊外に団地が建ち始めた頃、そこは新世代の夫婦のライフスタイルの最先端を担っていた。その裏にあるものを描いたのが日活ロマンポルノの「団地妻 昼下りの情事」(71年)に始まる「団地妻」シリーズ。コンクリートの箱に密閉された妻たちの破滅の物語だった。

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 団地への関心は少し前から高まってきていた。長野まゆみさん(56)が古い団地に移住した若者を描いた小説『団地で暮らそう!』(毎日新聞出版)を2014年に発表。NHKのアニメ「団地ともお」が人気になり、雑誌「東京人」6月号は団地を特集している。

 団地作品を読み解く『団地団』(キネマ旬報社)の執筆者の1人、ライターの速水健朗さんは、是枝作品の「こんなはずじゃなかった」というセリフが、団地暮らしから「日本社会全体」を透視した言葉だと考える。

 かつての「均衡ある国土の発展」をめざす国の枠組みが壊れ、今は都市に住民が戻っている。00年代には都市に大規模な工場や大学の新設を制限する法律が廃止。東京近郊の多摩地域は人口が減った。

 例えば是枝、阪本両監督の映画では、団地が「周縁に取り残された人たちの象徴として描かれている」と速水さんはみる。「悲哀がありつつ、ただ、希望もある。人間の生きてきた積み重ねとして、団地を肯定しようとしているのだと思います」

 (編集委員・石飛徳樹、高津祐典)
    −−「社会の縮図、団地から描く 50代作者、悲哀と希望の物語 映画や小説に思い込め」、『朝日新聞』2016年06月03日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12390205.html


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覚え書:「ジニのパズル [著]崔実 [評者]星野智幸(小説家)」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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ジニのパズル [著]崔実
[評者]星野智幸(小説家)  [掲載]2016年08月07日   [ジャンル]文芸 社会 
 
■無力な人々の背を押す強靱な力

 勇気あるデビュー作である。「苦しい時は私の背中を見なさい」とチームメイトに言った、女子サッカー澤穂希のような存在の小説だ。
 在日3世の少女ジニは、自分の居場所を求めて、小学校は日本の学校、中学からは朝鮮学校、そして高校はアメリカに行く。その度に衝突と反抗を繰り返すのだが、それはジニの性格の問題ではない。さまざまな線引きによってジニを排除する環境が、ジニの身の置き所を奪っていくのだ。
 存在の根幹に関わる事件は、北朝鮮テポドンを発射した翌日に起きる。チマ・チョゴリ姿で登校するジニは、「昨日までは、ここは私にとって危険な場所ではなかったはず。それが突然、こんなにも危険を感じる場所になるなんて。道の先にある曲がり角が酷(ひど)く恐ろしい」と、漠然と自分に向けられる敵意に怯(おび)える。そして本当に暴力に遭う。
 読んでいるだけで不安と怒りに駆られるこのくだりは、ヘイトスピーチを向けられる在日の人々のみならず、今や様々なマイノリティが共有する体験だろう。無力な者が殺害の恐怖に震えるのが、今の日本社会だ。
 この恐怖に打ち克(か)とうとして、ジニは原因を北朝鮮の支配者の肖像に求め、破壊的行動に出る。この行動は過っていると同時に、共同体内で目をそらしてきた問題を直視するという点で正しさも含んでいる。タブーを恐れず、その矛盾した両義性を表せたのは、文学だからこそ。文学は政治を嫌うが、むしろ政治に振り回されないために、政治を直視する必要がある。
 この小説はジニの手記という形をとる。つまり、ジニは初めて、書く行為に自分の場所を発見したのだ。表現という、自分の存在が留保なく肯定される場を。
 この作品には、排除されて自分を精神的に殺すしかなくなるまでに追い詰められた人に、自分に素直に書いてよいのだ、と表現を促す強靱(きょうじん)な力がある。ぜひ若い人に読んでほしい。
    ◇
 チェ・シル 85年生まれ。東京都在住。16年、本作で群像新人文学賞を受賞し、作家デビュー。
    −−「ジニのパズル [著]崔実 [評者]星野智幸(小説家)」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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無力な人々の背を押す強靱な力|好書好日



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ジニのパズル
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覚え書:「ニューヨークタイムズの数学―数と式にまつわる、110の物語 [編]ジーナ・コラータ [評者]円城 塔 (作家)」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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ニューヨークタイムズの数学―数と式にまつわる、110の物語 [編]ジーナ・コラータ
[評者]円城 塔 (作家)  [掲載]2016年08月07日   [ジャンル]歴史 社会 
 
■百年間の記事から選りすぐり

 数学者の発見が物理学者に伝わるには、五十年から百年の時間がかかるといわれたりする。日常の話題に顔を出すまでとなるとさらに時間が必要となる。
 本書には、ニューヨークタイムズ紙に掲載された数学関係の記事の中から選(よ)りすぐられた百十編が収められている。もっとも古いもので1892年、新しいもので2010年、全体で百年以上の期間に及ぶ。
 話題は大きく七つにわけられ、起こりつつあるできごとが当時の記事によって語られる構成である。一般向けの記事であるから、こまかな理屈の説明ではなく、背景や、予想される影響が解説されていく。
 たとえば1892年の記事のタイトルは「研究としての保険業」であり、すでにして世界一の規模を誇るアメリカの保険業における、数学の研究と教育の重要性を述べている。その後、金融工学を精力的に発展させていくアメリカの姿が見えるようで興味深い。
 いやそれだけではなく、統計学、暗号、コンピュータと並ぶ話題をみていくと、現在アメリカが主導権を握る情報技術が少しずつ成立してくる様子が浮かび上がってきたりもする。
 もっともことは数学だから、話題は実利に限られない。もともと役に立つのか立たないのかなんてわからないのが数学で、何百年単位の目立たない積み重ねが大きな成果につながったりし、本書でもそうした例には事欠かない。
 非専門家向けの解説を人生の早い段階で目にすることができるかどうかは、進路の選択において重要である。人間、知らないものに興味を抱いたり、目指すことは困難だからだ。
 記事を集めたものである以上、それを誰が書いたのか、書かれたのはいつなのかをきちんと確認する必要がある。あまり知られていないことだが、数学を魅力的に語る能力は大変まれなものであり、そういう人との出会いは人生を変えるものとなりうる。
    ◇
 Gina Kolata ニューヨークタイムズの科学・医学担当記者。ピュリツァー賞の最終候補に2回選ばれた。
    −−「ニューヨークタイムズの数学―数と式にまつわる、110の物語 [編]ジーナ・コラータ [評者]円城 塔 (作家)」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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百年間の記事から選りすぐり|好書好日








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覚え書:「売れてる本 終わった人 [著]内館牧子 [文]宮田珠己(エッセイスト)」、『朝日新聞』2016年07月17日(日)付。

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売れてる本
終わった人 [著]内館牧子
[文]宮田珠己(エッセイスト)  [掲載]2016年07月17日
 
■いつかくる不安、その先は?

 なんとも不穏で気になるタイトルだ。このタイトルで本書を手に取った人も多いのではないだろうか。
 ここでいう「終わった」とは、定年を迎えた、もしくは社会の一線から退いたという意味だが、もっと言えば、もはや社会に必要とされていないということでもある。
 主人公は、東大法学部から国内トップのメガバンクに就職したサラリーマン。順調にキャリアを積み、役員になれるかと思った矢先に子会社へ出向させられ、そのまま転籍。この時点で主人公は「俺は終わった」という衝撃に襲われる。
 子会社には65歳までいられるものの、会社にしがみつくのを潔しとせず63歳で定年退職。本書は、その後の主人公の右往左往を描く。つまり「終わった」後の生きがいの探求がテーマである。
 思うように出世できず定年を迎え、心の整理をつけたつもりが、実はついていない主人公。
 過去の栄光にしがみつき、現状を受け入れられない。自分はまだやれる、終わってないと言い張る。しかしそれはいわゆる老害なのではないかと、本人もうすうす気づいており、逡巡(しゅんじゅん)と悪あがきが続いていく。
 自分はもう「終わった」(=社会に必要とされていない)という不安は、誰にでもいつかやってくるものだ。むしろ主人公ほどのエリートでないわれわれは、もっと早い段階で一度「終わっ」て、その先をどう生きるか、判断を迫られるのではなかろうか。
 私などサラリーマン2年目ぐらいから、常に自分が「終わった」ような気がし続けている。
 先日かつての同僚と集まったが、定年までまだまだ長いのに、みんなもおおむね「終わった」と言っていた。
 社会にとくに必要とされないのは普通のことであり、だからダメというわけでもない。自分はもう「終わった」のかと不安になってる人は、本書を読んで溜飲(りゅういん)を下げるといい。
    ◇
 講談社・1728円=12刷10万部 2015年9月刊行。「定年を迎えた世代、今後迎える世代の反響が大きい。男性中心に読まれていたが、女性読者も増えてきた」と担当編集者。
    −−「売れてる本 終わった人 [著]内館牧子 [文]宮田珠己(エッセイスト)」、『朝日新聞』2016年07月17日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2016071700002.html


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終わった人
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覚え書:「ひと:重江良樹さん 大阪・釜ケ崎の「こどもの里」を映画に撮った」、『朝日新聞』2016年06月03日(金)付。

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ひと:重江良樹さん 大阪・釜ケ崎の「こどもの里」を映画に撮った
2016年6月3日

重江良樹さん  
 日雇い労働者の町、大阪・釜ケ崎の民間児童館「こどもの里」は貧困や障害、虐待に直面する子どもたちの居場所だ。通い詰めて2年以上カメラを回し、100分のドキュメンタリー映画にまとめた。

 「里」との出会いは映像の専門学校生だった8年前。怒りや喜びを率直に表す子どもたちの前では自分も構えずにいられた。たログイン前の続きだ、撮りきる自信はなかった。撮影したいという気持ちを封印し、ボランティアで通い続けた。

 幼い時から勉強も運動も親の期待通りにできず、「中途半端な不良になった」。高校は1学期で中退。戦場のビデオジャーナリストに憧れて専門学校の夜間部に入ったが、海外で撮る度胸も、映像で身を立てる覚悟も持てなかった。

 転機は4年前、施設への補助金廃止の動きだった。自分を受け入れてくれた里の魅力をいま撮って伝えなければ一生後悔する、と荘保(しょうほ)共子代表(69)にかけ合った。

 アルバイトで食いつなぎながら完成させた初めての映画「さとにきたらええやん」。困難を抱えながら里や町の大人に包まれて成長する子どもたちが描かれている。親の側の苦しさや、親子が互いを思いやる姿にも迫った。

 試写の評判が良く、無名の監督としては異例の10都府県で上映が決まった。「映画で多くの人に里の良さを知ってもらって、里への初めてのプレゼントになればいいな」

 (文・写真 川村直子

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 しげえよしき(31歳)
    −−「ひと:重江良樹さん 大阪・釜ケ崎の「こどもの里」を映画に撮った」、『朝日新聞』2016年06月03日(金)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12390311.html





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