覚え書:「スプリングスティーン、己を語る 父との確執、うつ…初の自伝出版」、『朝日新聞』2016年10月24日(月)付。

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スプリングスティーン、己を語る 父との確執、うつ…初の自伝出版
2016年10月24日

ロシア文学もよく読む。ドストエフスキーの『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』。心理的に深いものがあればどんな本でも好きだね」=ロンドン、石合力撮影
写真・図版
 米国のミュージシャン、ブルース・スプリングスティーンが初の自伝「ボーン・トゥ・ラン」の出版に合わせて17日、ロンドンを訪れ、朝日新聞など一部メディアを前に語った。父親との確執、自伝で告白したうつとの闘い。米国社会が抱える人種差別や貧困に正面から向き合い、悩みながら疾走してきた67歳のロックンローラーが内面を率直に打ち明けた。

 「俺の国の父」と敬愛するボブ・ディランノーベル文学賞発表直後のタイミングだった。あなたが次の受賞候補になるのではと水を向けられると「いや、たくさんだ。そこには触れないでおくよ(笑)。ボブは確かに詩人だが、俺は自分のことを勤勉な雇われ職人だと思っている」。

 ディランとは、1974年に彼が率いるツアーの楽屋で初めて会った。「俺が24か25で、ボブがたしか32歳くらい。2人ともまだ若かった」

 「彼がソングライターに過ぎないなんていう意見には賛成しない。傑出した作家だ。彼の作品はこれからも大きく、くっきりと鳴り響き続けるはずだ」

 執筆に7年かけた自伝では、酒におぼれ、精神が不安定だった父親との関係が、重要な部分を占める。

 「ほとんど仕事もせずに飲んだくれていたが、自分の人生を形づくる上で欠かせない存在。おやじの作業着を着てステージに上がり、おやじにかかわるものでステージを作る。愛情を得られない人をまねることで、その人に近づけるといわれるけど、自分にとって、おやじはまさにそんな存在だった」

 刊行に伴うツアーで、多くのファンとも直接ふれあった。「自分のところに来て、人生の中で難しい時期に聴いた特定の歌について、ありがたかったと言ってくる。すてきなことだね。自分のサインを1万7千回も書いたよ」

 32歳から長年、うつと向き合う中で公演に助けられた部分もあると語る。

 「長時間公演すると、へとへとになる。そうなると、疲れ過ぎてうつにもなれない。うつになるには、それなりのエネルギーが必要だからね。体力的には40代の頃よりむしろいい。年を取れば、自分の身体をどう使うか、わかってくるからね。スローダウンしなきゃいけない問題はないから、今のままでいくよ」

 人の心を揺さぶる歌詞の背景には、カトリック校に通った少年時代の体験がある。

 「6歳のとき、宗教の授業で聖書を読んだことで自分の言葉を身につけた。聖書は謎めいた詩で、深い悲しみと至福がある。教育の影響から、歌詞を書くときに宗教的な言葉が霊的な力とともにたくさん入ってくる。救済、償い、天罰……。これらの言葉は自分にとって自然な言葉なんだ。子供の頃からかかわっているから、天国も地獄も悪魔も抽象的なものじゃない」

 ベトナム帰還兵の苦悩を歌った「ボーン・イン・ザ・USA」や人種差別をテーマにした「アメリカン・スキン」など、歌と行動で米社会の問題に正面から向き合ってきた。熱心な民主党支持者でもある。

 共和党の大統領候補トランプ氏について「まさに今、とてつもなくひどいことが米国で起きている。彼は文字どおり、あらゆる民主的なプロセスを傷つけようとしている。本当におそろしい」と語った。

 69ドルで初めて手にしたエレキギターは日本製だった。97年の最後の来日から20年近くになる。日本に来る予定は、と聞くと「うん(Yeah)。行くだろうよ」という答えだった。

 (ロンドン=石合力)

 <Bruce Springsteen> 米国を代表するシンガー・ソングライター、ロック歌手。49年、米東部ニュージャージー州生まれ。アイルランド、オランダ系の父、イタリア系の母を持ち、労働者階級の家庭で育つ。地元のバンド活動を経て73年にレコードデビュー。エネルギーあふれるバンドや弾き語りのギターに貧困や人種差別など社会的テーマを盛り込み、大衆の心をつかんだ。通称は「ボス」。75年発売の「明日なき暴走(ボーン・トゥ・ラン)」で全米3位。84年、「ボーン・イン・ザ・USA」が大ヒット。共和党レーガン陣営が大統領選に使おうとして拒否した。イラク戦争に反対。オバマ大統領の就任記念コンサートで演奏した。自伝は世界同時発売で、日本語訳は早川書房から出版。2度の結婚や3人の子供ら家族についても詳しく語っている。主要作品をまとめた自伝的CD「チャプター&ヴァース」(ソニー)も発表した。
    −−「スプリングスティーン、己を語る 父との確執、うつ…初の自伝出版」、『朝日新聞』2016年10月24日(月)付。

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覚え書:「著者に会いたい 西村雅彦の俳優入門―1カ月で効果が出るセリフのメソッド 西村雅彦さん [文]赤田康和」、『朝日新聞』2017年02月12日(日)付。

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著者に会いたい
西村雅彦の俳優入門―1カ月で効果が出るセリフのメソッド 西村雅彦さん
[文]赤田康和  [掲載]2017年02月12日

「俳優入門」の著者・西村雅彦さん=東京都世田谷区、関田航撮影
 
著者:西村雅彦  出版社:飛鳥新社

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■脳とも闘い、言葉を伝える

 ピンポン球を相手に渡しながら話しかける、言葉の冒頭を強く発音する——。リアルかつ自然に、対話するノウハウをつづった。俳優ではない人にも役立つ入門書だ。
 「現代では多くの人の会話はちゃんとした言葉のキャッチボールになっていないのではないか。相手の言葉を受け止めずに自分の話をしているだけとか。寂しいことです」
 ネット時代の今はメールやソーシャルメディアの送受信が多くなりがち。一方、人間関係は複雑化し、家族から会社の同僚、友人まで「他人」との関係に神経をすり減らす人は少なくない。本書は、そんな現代人が参考にできるノウハウが盛りだくさんだ。
 記者もピンポン球を使った会話を体験した。見えないはずの言葉が可視化され、しっかり届けようと意識できた。
 俳優というと「役作り」を思い描くが、重要なのはむしろ「言葉を伝えること」と話す。「余計な感情を注入すれば言葉が濁る」。感情をセリフにのせなくても肉体からしっかりセリフを発すれば、感情は客に伝わるというのだ。
 俳優なのに「あがり症」で緊張する自分と闘ってきた。「脳に『支配をやめろ』と言い続ける」という。その「やめろ」という指示も脳の営みだが、この人の中では、脳の上位に「意思」があり、その意思による肉体の制御を演技の中心に据えてきた。
 演じる役を超えて、理知と狂気とユーモアが漂う人である。そんな魅力も、脳との激しい闘いや身体の制御の末に生まれたのかもしれない。
 自らプロデュースもする舞台の全国公演が18日から始まる。演じるのは美術品専門の大泥棒という役。喜劇だからこそ精緻(せいち)に演じている。
    ◇
 飛鳥新社・1700円
    −−「著者に会いたい 西村雅彦の俳優入門―1カ月で効果が出るセリフのメソッド 西村雅彦さん [文]赤田康和」、『朝日新聞』2017年02月12日(日)付。

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覚え書:「著者に会いたい 教養としての「世界史」の読み方 本村凌二さん [文]吉川一樹」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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著者に会いたい
教養としての「世界史」の読み方 本村凌二さん
[文]吉川一樹  [掲載]2017年02月19日

 
『教養としての「世界史」の読み方』を出版した歴史学者本村凌二さん=山本和生撮影
 
■現代の問題、過去に投げかける

 世界史を概観する本が人気を集めているが、歴史家によるものは意外と少ない。専門の地域・時代を越えて発言することをはばかるからだ。古代ローマ史の泰斗が、満を持してブームに応えた。
 「教養とは何かを自分なりに考えると、古典と世界史が基本になると思います」。法政大と東京大、早稲田大を通じて「教養」とつく学部で教えてきた。「地中海全体、ときには全世界に視野を広げて話す中で、本になるエッセンスができてきました」
 単調な通史ではなく、本村流「歴史哲学」をつづった。「ローマの歴史の中には、人類の経験のすべてが詰まっている」という政治学者の丸山真男の言葉が、核となる哲学の一つだ。米国でオバマ氏が初の黒人大統領として就任したのは、初代から数えて220年目。ローマ帝国の初代皇帝就任から、初の異民族の皇帝が就任するまでの期間と一致するという。
 一方でローマ史に縛られず、たとえばアルファベットと一神教と貨幣がほぼ同時代に生まれたことに注目し、文明における「単純化」の動きを見いだしたりもする。「関連づけて考えることで、過去がいきいきと感じられる」という自由な発想だ。
 昨年はカルチャーセンターで民族移動の講義を担当し、その盛況ぶりに難民問題への関心を実感した。「現代が抱える問題を過去に投げかけ、意味をくみ取ることが歴史家の役割。ただ、自分が現代の立場から過去を見ていることに自覚的であるべきです」
 競馬、居酒屋、裕次郎を愛する庶民派は、もうすぐ古希。歴史を一般の人たちに近づける試みは続く。
    ◇
PHPエディターズ・グループ・1944円

    −−「著者に会いたい 教養としての「世界史」の読み方 本村凌二さん [文]吉川一樹」、『朝日新聞』2017年02月19日(日)付。

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教養としての「世界史」の読み方
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覚え書:「文豪の朗読 尾崎士郎「篝火」 本郷和人が聴く [文]本郷和人(歴史学者)」、『朝日新聞』2017年02月05日(日)付。

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文豪の朗読
尾崎士郎「篝火」 本郷和人が聴く
[文]本郷和人歴史学者)  [掲載]2017年02月05日

尾崎士郎(1898〜1964)=1961年ごろ撮影
 
■粘りけある文体を粘っこく

 うーん、良くも悪くも尖(とが)ったところのない朗読である。自作を読むなんてご免だとばかりに逃げていく遠藤周作のような、聞きづらさはない。といって吉村昭のような説得力もない。ごく普通に読む。文頭にアクセントをつけて、粘っこく読んでいることが特徴なのだろうか。
 尾崎士郎といえば早稲田大学に入学した青成瓢吉の青春とその後を描いた長編小説『人生劇場』が多くの読者を獲得した。この作品から生まれた佐藤惣之助作詞、古賀政男作曲の歌謡曲『人生劇場』は早大出身者に愛唱され、「第二の早大校歌」といわれた。だが、蛮カラ・苦学生という早稲田のイメージが今や全く通用しなくなったように、小説・歌ともに『人生劇場』に親しむ人も少なくなった。
 さて『篝火(かがりび)』である。朗読と同様、異様に粘りけのある文体(一文も段落も妙に長い)で書かれる本作をどう評したら良いのか。分からない。筆者は困り果て、藁(わら)にもすがる思いで大垣城を訪ねてみた。この城で子どもの甲冑(かっちゅう)に出会ったことが、作者に本作を構想せしめたという。ならばそれを見たいと思った。ところが、天守閣(戦後に再建)で尋ねたところ、ありません、との答え。戦前に尾崎が見たものは、国宝だった天守閣ごと戦災で焼けたようだ。貴重な手がかりは消えていた。
 ともかく朗読にしろ本作にしろ、また『人生劇場』にしろ、格別な山場が見当たらぬまま、ひたすら重たく推移する。気のきいた場面転換や巧妙な伏線などはない。まさに一時代昔、昭和の味わいなのだ。テンポ良く進行し、手早く結論を掲示する作品に慣れ親しんだ現代の私たちには、苦手な感が否めない。
 いやしかし。考え直すべきかもしれぬ。時局の流れが早すぎる「いま」だからこそ、重さもまた必要だ。じっくり聞き、じっくり読む。熟考してこそ得られる結論だってある。拙速ばかりでは時にあやうい。尾崎を忘れてはもったいない。
    ◇
 1960年代に発表された朝日新聞が所蔵する文豪たちの自作の朗読を、識者が聴き、作品の魅力とともに読み解きます。
    ◇
■聴いてみる「朝デジ 文豪の朗読」
 朝日新聞デジタルでは、本欄で取り上げた文豪が朗読する肉声の一部を編集して、ゆかりの画像と共に紹介しています。元になった「月刊朝日ソノラマ」は、朗読やニュースなどを収録したソノシート付きの雑誌です。録音にまつわるエピソードも紹介しています。特集ページは次の通りです。
 http://www.asahi.com/culture/art/bungo-roudoku/
    −−「文豪の朗読 尾崎士郎「篝火」 本郷和人が聴く [文]本郷和人歴史学者)」、『朝日新聞』2017年02月05日(日)付。

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覚え書:「インタビュー 米国、孤立主義の誘惑 米外交問題評議会会長、リチャード・ハースさん」、『朝日新聞』2016年10月25日(日)付。

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インタビュー 米国、孤立主義の誘惑 米外交問題評議会会長、リチャード・ハースさん
2016年10月25日 

「米国のアジア重視政策は理にかなっています。しかし、TPP抜きのアジア重視は難しい」=米ニューヨーク、ランハム裕子撮影
 
 11月8日の米大統領選が、間近に迫った。トランプ氏対クリントン氏の「醜聞合戦」の底流にあるのは、米国内で強まりつつある孤立主義である。なぜそうなっているのか。米国は、どこに向かおうとしているのか。米有力シンクタンク外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース会長に聞いた。

 ――トランプ氏のわいせつ発言など、大統領選は醜悪な様相です。

 「懸念しています。米国のイメージにかかわります。個別の政策に異論はあっても、米国が他国から尊敬される国であってほしいと思います。それが、米国の影響力の一つの形だからです。また他国、とりわけ日本のような同盟国は米国を頼りにしていますが、米国が予測不可能になると頼ることがとても難しくなります」

 「環太平洋経済連携協定(TPP)を批准できておらず、インフラや移民制度も近代化できず、財政赤字問題も処理できない。これらの事実も、米国の信頼性への疑問につながっています。米国政治の機能不全の深まりと、北朝鮮や中国の問題など世界中で難しい問題が同時に生じていること。非常に心配な組み合わせです」

 ――トランプ氏は、共和党候補の討論会で、あなたを尊敬していると発言しました。しかし、トランプ氏はあなたの助言を聞いているようには見えません。トランプ政権になったとして、重要ポストを提示されたら、受けますか?

 「民主、共和の全ての候補者に手紙を書きました。外交問題評議会での講演依頼と、ご希望ならブリーフィングもする、と。トランプ氏は講演はしませんでしたが、ブリーフィングの依頼はあり、昨夏に1時間ほど話しました」

 「トランプ氏が勝っても、クリントン氏が勝っても、話がしたいと言われたら話します。もし、政権で働くことに興味があるかと聞かれたら、世界観や、米国の立ち位置、政策の優先順位について、似たような見解を持っている場合のみ、政権に入ると思います」

    ■     ■

 ――あなたは、米国外交をめぐる議論を『伝統的な国際主義』と『新たな孤立主義(他国とかかわりを持たないようにする外交政策)』に特徴づけています。トランプ氏が「孤立主義」を代表し、クリントン氏が「国際主義」なのでしょうか。

 「クリントン氏は、貿易を除いては、伝統的なアメリカの外交政策の枠内にいると思います。TPPへの反対は残念です。当選したら、自由貿易を支持する道を探ってほしいと思います。トランプ氏は戦後の米国の外交政策の主流の外側にいます。彼は、米国が世界と関わることによって利益を得る、という考えに懐疑的です。彼はコストを誇張し、良き同盟や、欧州や太平洋での安定性によって米国が享受する戦略的利益を過小評価しているように見えます」

 「米国が世界への介入をより少なくすれば、世界がより混乱します。その混乱の結果から、米国が逃れることはできません。米国は、不介入によって、逆に、ずっと多くの犠牲を払うことになるでしょう」

 ――3年前、オバマ大統領は「米国は世界の警察官であるべきではない」と語りました。孤立主義的な傾向はすでにあるのでは。

 「シリアで化学兵器が使用された後に、オバマ氏が前言を撤回した(武力行使をしなかった)のは誤りだったと思います。米軍をイラクから撤退させることにも、私は反対でした。イラクに侵攻したブッシュ大統領の全く異なった種類の失敗に対して、オバマ氏は過剰に反応したのです」

 「私は、どの人のことも『孤立主義者』とは呼びません。とても強い言葉であり、国際的な関わり合いにすべて反対する意味を持つからです。現在の議論は、『孤立主義の誘惑』と言うべきものでしょう。ある人は、トランプ氏のアジアや欧州の同盟国についての発言にそれを見いだし、別の人は、中東への米国の介入を劇的に減らすオバマ大統領にそれを感じるでしょう。民主、共和両党の傾向であり、その流れを押し戻そうとする政治家は多くはないのです」

    ■     ■

 ――なぜ、「孤立主義の誘惑」が強まっているのでしょうか。

 「イラクアフガニスタン戦争では、200万人以上のアメリカ人が動員されました。多数の人命が犠牲になり膨大な費用がかかったにもかかわらず、その成果が見えません。米国が失ったものと、得たものの間には、巨大な不均衡があります。また、(世界金融危機の起きた)2008年以降、経済的な難局が続いています。正規雇用者の割合は、08年以前の水準に戻っていません」

 「しかし、米国は、戦後、自らが成し遂げたことから、多くの利益も得てきたのです。日本や韓国との関係もそうですし、冷戦下や冷戦後も欧州への支援や協力関係は、米国にとってもプラスでした。世界との関与を減らすことで、米国が何を失うのか、それを説明できていないのは問題です。子供たちは学校でもあまり教えられておらず、世界の出来事と米国とのつながりを理解できない新しい世代が増えています」

 ――大統領選終了後、新政権誕生までにTPPが議会で承認される可能性はありますか?

 「楽観的ではありません。トランプ氏が当選すれば、おそらく可能性はゼロでしょう。クリントン氏なら少しは可能性があるかもしれませんが。クリントン氏の場合、より現実的なシナリオは、2、3年、議会と大統領との間で対話がなされることです。共通理解が生まれれば、TPPについての投票も可能かもしれません」

 「(格差の拡大など)経済的な問題は、技術革新や生産性などに起因することが多いですが、多くの人は貿易のせいにしてしまっています。選挙は、この問題を解決しません。議会も政府も分断された状態が続き、保護貿易孤立主義の圧力は続くでしょう」

    ■     ■

 ――中低所得者層の怒りが、孤立主義への支持につながっていると思います。国際主義に関する国内の支持を築くために、米国は経済的不平等の問題に取り組む必要があるのでは。

 「米国人は、経済的な懸念があると、国際的な関与がそれを加速させていると批判する傾向があります。しかし、それは逆に階層間の闘争の増大を導くでしょう」

 「社会には、常に不平等が存在してきました。階層が固定されず流動化していれば良いのですが、ここ10年か20年、多くの米国人は上の階層に行くのが難しいと感じています。それゆえ、大きな憤りを感じ、保護主義孤立主義的傾向が強まっているのです。必要なのは、階層を上れることを、現実化することです。そのためには、米国人が受けられる教育や職業訓練の質の向上が重要です」

 ――トランプ氏は日本が在日米軍の駐留経費をもっと払うべきだと主張しています。日本の安全保障政策をどうみていますか。

 「日本の安全保障政策で最も重要なのは、日米が緊密な関係を維持することです。日米同盟が基盤です。そして、日本が安全保障上の能力を発展させ、もう少し地域的、国際的な役割を拡大できるよう、国内で政治的な合意ができれば望ましいと思います」

 「日本が米軍の駐留経費の負担を少し増やせるのなら、それは歓迎ですが、より重要だと思うのは、日本の国際的な役割の増大だと思います」

     *

 Richard N.Haass 51年米国生まれ。オックスフォード大で博士号。国務省政策企画局長などを経て、03年から現職。

 ■取材を終えて

 米言論界の中枢にいるリチャード・ハース氏は、深い憂慮に包まれていた。

 トランプ氏に「安全保障政策で信頼する」と名指しされながら、トランプ氏との考えの違いは明白である。米国が世界のリーダーとして、世界に関与し続けること。それが世界と米国の双方の利益にもなるとハース氏は信じる。

 ハース氏は、過去の関与がすべて良かったと言っているわけではない。イラク戦争には反対だった。だが、戦後、米国が中東への関与を大幅に減らしたことで、より事態は悪化したとみる。

 共和党のトランプ氏だけでなく、民主党内にも保護主義の色は濃い。しかし、保護主義が経済の停滞を招き、失業者を増やし、より社会を不安定化させることは歴史が示している。

 オバマ大統領は残り任期、演説の巧みさを生かし、国際主義の大切さを訴えてほしい。ハース氏は今、そう願っている。

 (アメリカ総局長・山脇岳志)

 ◆キーワード

 <米外交問題評議会(Council on Foreign Relations)> 米国で最も影響力の大きいシンクタンクの一つ。1921年に設立。本部はニューヨーク。政府高官、学者、経済人、ジャーナリストなど5千人近いメンバーで構成される。有力外交誌「フォーリン・アフェアーズ」も発行している。
    −−「インタビュー 米国、孤立主義の誘惑 米外交問題評議会会長、リチャード・ハースさん」、『朝日新聞』2016年10月25日(日)付。

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